2009年3月 6日 (金)

世紀の駄作 パート2

雨休業のため、街に降りて、大々的なキャンペーンの割にはたいして話題になってない映画『20世紀少年』の第2部をようやく観に行った。
クソ映画であることは第1作を観る前から予想していたし、その予想も見事に当たったのだけど、コミックを思い切り楽しんだこともあるし、乗りかかった船ということで妙な意地をはって全作観通してやろうと思うのであった。で、そのあまり積極的でない気分の現れが、この公開終了間際の駆け込みなのだが。

平日午後ということもあって街の映画館(シネコン)はガラガラ。
160席ある映写室には、ぼくの他はカップルが1組だけ。
大丈夫か?、どころではないなw

映画そのものは、相変わらずクソ。
仕方のないことだが、浦沢の説得力ありすぎな画に比べて実写としてのチャチさはやっぱりいかんともし難い。
枠に収めるためストーリーをごっそり端折る所為もあるのだが、立ち現れる人物がそれぞれに抱く執念や悲哀がまるっきり抜けてしまって(モンちゃん然り、サダキヨ然り、ヤマネ然り)、原作を知っているものならともかく、知らない場合そこを埋め合わせるために大変な文学的想像力を必要とするのではないか。

とはいえ、第1部よりも大胆に展開を変更してあったので、原作との落差からくるガッカリ度は、前作に比べてまだ多少マシだったかもしれず。
原作では連載中の成り行きでメチャクチャになっていったと思われる、ストーリーラインを整序して再構築できていたのはメリットか。

登場人物としては、今回は「小泉響子」が大ヒット。
とりあえず、すごくよかった。
あれは確かに原作に負けない魅力と、充分な説得力をもった人物像を表現できていた。
「ま、単純なキャラだからね」といってしまえばそれまでなのだが・・・。

時を経て姿を変えたマルオとヨシツネも、初めのノーマルな姿よりはそれぞれ納得のいく立ち姿になってきた。
一方で、ユキジとオッチョの「美」組は次第にダメになってきてるな、やっぱり。

今作で最大の「ダメ」はカンナ。
「凛々しい、強く張り詰めた表情」の一点張りで他に何の含みも表現できてない。常に心を閉ざし、ともすれば陰鬱な、つまらないキャラに成り下がっている。氷の女王になる前までのカンナがもっていた明るさ、しなやかさの欠片すらない。
監督は、そして演じた奴は、原作でカンナがなぜああいう画姿なのかを、わかっているのか?

次は8月くらいだとか。
どうまとめるのか、最後までお付き合いしてみよう。

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2008年12月24日 (水)

『その日のまえに』

重松清『その日のまえに』を読んだ。

いつもながらのマツキヨ。
どれもみな、しんみりと心にしみる美しいお話だった。
しかも、「癌=不治の病」と「死」をめぐる、いくつかのストーリーを寄せただけの、連関性のないオムニバスかと思いきや、読み進むうちにそれぞれの登場人物たちがあちらこちらで交差する連作小説になっていく。

すばらしいストーリテラー。
手練というべき。

なのだが。

この人の作品を既に結構いろいろ読んできた今となってみれば、この小説はちょっと過剰に「ベタ」な気もちょっとした。
特にやや興ざめなのは、映画「ゴースト」系の降臨者がたびたび現れること。
この手法が素晴らしかったのは、『流星ワゴン』だが、あまり多用するのはちょっとどうかと思う。
駅前のギター弾きといい、「駅長くん」といい、それが登場人物たちの目の前に、特別な啓示として現れることの、ドラマとしての意味や美しさは、よくわかる。
でも、ちょっと、あざとい。
ぼくなどにとっては、そんなものが現れてしまっては逆に、そこにある切実な哀しさを、自分の身に引き当てにくくなる。

あざとい、と言えば、一見無関係なストーリー群を一つながりのものにまとめるあのやり方も、ちょっと化粧が濃過ぎな感がある。
「別に、わざわざそうせんでも・・・」と思う。
一つ一つのお話として完結させておいて、余韻として残す。
「その後」は読者個々の思いに任せる。
で良かったんではないかと。

良いお話なのは間違いないのだが、マツキヨ慣れしてしまったためなのか、そんなこんなで、なんとなく無心に酔いしれることのできない一冊だった。

ところで。
「和美」から夫への、たった一行だけの「手紙」の言葉。
あのネタをぼくは、どこか(何か)別のところで読むか視るかしてる気がして仕方がない。一体何だろう?
ぼく自身の傾向と、あの一言が含むニュアンスからすると、阿刀田高あたりの短編あたりに出てきたんではないかという気がするんだが・・・。

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2008年9月16日 (火)

世紀の駄作

雨で仕事が休みだったので、街へ映画を観に行った。

今をときめく漫画界の重鎮・浦沢直樹原作で、日テレと小学館が大々的にキャンペインを張ってアピールするこの夏の話題作「20世紀少年」。

予想に違わず(いや、それ以上に)見事な駄作。
原作を漫画で読んだ人間にとっては、不思議なまでに説得力のない映像のちゃちさと、俳優(特に子ども)の大根っぷりにげんなりさせられること請け合い。
それ以上に問題なのは、ストーリーの展開の仕方があまりにもずさんなこと。
これでは、原作を知らない人が観た場合、話の流れの必然性や登場人物それぞれの人となりや立ち位置が全く解らないのではないか?
原作では、ケンヂはもちろん、オッチョにもヨシツネにもユキジにもキリコにも(それ以外の人物にも適宜)それぞれ、その人が生きる姿をありありと感じさせるエピソードが織り込まれつつ話が進むのだが、それが故「無駄に長い」この話を3部作の映画に仕立て直すのだから、多少あちこちを端折るのは仕方ない。
にしても・・・、例えば神様も万丈目もいきなり現れ、何の説明もなくよく解らない存在のままいつの間にか中心人物群の1人になっている。違和感あり過ぎ。
もっとも浦沢直樹という人自体が「短い射程の中で」綿密に構成を組み上げ、魔法のように読者をリードし作品世界へ引きずり込む名手(1つ1つの話、もしくは1つ1つのシーンという小プロットで読者を魅了する手腕はまさに神業だが、反面それらを大きく括る大プロットの構成力があまりにもお粗末)なので、この「映画」では、それとの対比に於いて余計に、ストーリーの提示の仕方がずさんに感じられてしまう面はあるのだが・・・。

面白かったのは、ヤン坊マー坊。
子ども役も大人役もかなり決まっていた。
配役的には他にも、ドンキーが悪くない。
ユキジもオッチョもさすがに「見栄え」だけはする。
が、それ以外の登場人物については。原作のデザインを意識するあまりに単なる「コスプレ」になってしまっているというのが事実。

いずれにしても、映画としては同好会or余興レベル。
てゆーか、原作がある意味で余りによく出来過ぎてるんだな、これ。

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2008年6月24日 (火)

wake up!!

ゆうちうぶというのはどうも困る。
近頃はなぜか微妙に音楽系、歌や歌手の動画(というより音声)を観る(というより聴く)事が多いのだが、ちらちら観漁っていると、欲しいモノがどんどん増えてきてしまうのだ。

前回はノーランズだったが、今回は「ジョージー・ガール」のシーカーズ。
いろんな映像を観て歌を聴くにつけ、どれもこれもいい雰囲気。
全般にPPMとかなりかぶる存在だが、ぼくはこの世代・時代のカラーそのものが好きなようだ。
が、シーカーズのベストアルバムは現在絶版。
オークションなんかではかなりの高値がついているようで、さすがにそこまで手を出す気はないのだが、かなり惹かれ居る。

「ジョージー・ガール」、やっぱ、いいよね。
曲自体も、ジュディスの歌声もいいけど、歌詞がいいんだ、これ。
なんか見据える先に明るさがあって。

主役は、大柄でもっさりと見映えのしない、愛すべき「ジョージー」。
明るくさわやか。かつ、どことなくコミカルな歌だが、この歌の詞は、

「あなたの内側には、「新しい」別の自分が眠っているんだよ。さあ、それを目覚めさせ、立ち上がりなさい」

というメッセージである。
「come on!!」「wake up!!」と繰り返しつつ遠ざかっていくこの短い歌を聞くと、何か気持ちが明るく前向きになる。
今、このわれわれの時代となってみれば、「どこの胡散臭い新興宗教だ?」という感じのフレーズだが、こんな素朴な人間への、というより人生への信頼感というのが、ぼくにはとても慕わしい。

願わくばわれわれの生が、信頼と享受に値するものであらんことを。

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2008年6月 8日 (日)

ノーランズ!

最近、ノーランズにハマった。
というか、「ダンシングシスター」にハマったという方が正確か。
ユウチウブでヒット当時のコンサート映像や、昨年アメリカだかイギリスだかのTVショーに「懐かしの・・・」的なノリで出た際の映像やらを観漁った挙げ句、ヴィデオクリップDVDを買ってしまった。

日本では、多分に一発屋的なグループだったのかもしれないが、確かに少なくとも「ダンシングシスター」は秀逸。
ちょっと前にお爺さんの携帯会社が、CMに敢えてこの曲を取り上げたのも納得がいく。
極めてシンプル。
何やら楽しく、気持ちが沸き立つ。
バーニーのパワフルな声が気持ちいい!

でも五人の姉妹の中で誰が好きかと言われれば、ぼくはやっぱりアンだろうなと思う。
長女で、当時から老けキャラだったのはあるのだろうけど、去年の映像で妹たちが跡形もなくオバハンになっていたのに比して、アンだけはほとんど当時のまま。
それにしても、2chなどで、ヒット当時を回想する人々が「コリーンが可愛かった」と言うのが、ぼくにはどうにも理解できない。
これを以てしてもひとつハッキリするのは、ぼくには強力に「キシリア様ライン」という萌え基準があり、コリーンを良いと感じるような「妹萌え」感性は、まさにその対極にあるのだろうw

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2007年8月27日 (月)

検察側の証人

何か悪いモノでも食べたのか、朝から腹具合が最悪。
OG氏に電話して休ませてもらうことにした。
今週は半ばから天候が崩れるかもしれないので、休むのは収入的にあまり心地よくないことなのだが、仕事に出たら「雉撃ち」(群馬の方で使う山の隠語らしい)ばかりで、ろくすっぽ仕事にならない危険性が大。
午前中様子を見つつ病院に行くべきかどうか悩んだが、体調全般はそれほど悪くないし、昼過ぎからは割と収まってきたので、とりあえず当たったものが出きってしまえば大丈夫だろう。

ゴロゴロしつつ、映画「情婦」を観る。
原作はアガサ・クリスティーの戯曲「検察側の証人」。
昔、犬HK教育の名作映画劇場で放映されたのを録画したもので、その時に一度観ている筈なのだが、今回改めて観たらその時と随分印象が違った。
筋立てから言って、ある意味では妥当なのだが、キャラクターの性格付けが、いかにもアメリカ映画っぽくステレオタイプで陳腐な気がする。
タイトルロールを演じるマレーネ・ディートリヒの冷ややかな立ち姿だけで、なんとか保っているといったところ。あの「凍れる熱情」をそのまま人の形にしたら、ディートリヒの姿になる以外ないだろう、というハマり役(最後の最後でその冷徹さが無惨に崩される演出はどうかと思う。原作ではあんなだっただろうか?)。というより、戦争中ドイツで軍隊相手の酒場で歌手/女優をしていた女、なんて設定(原作もそれは同じだった筈)なのだから、映画以前にクリスティーが最初っからディートリヒを狙い撃ちしていたのではないかと思うほどだ。

とりあえず観ていて、ディートリヒが非常にツボに入った。
これが俗に云う「キシリア様ライン」というヤツだな(笑)

エンドロールのところでネタバレ厳禁の注意書きが出てきたので従っておこうと思うが、これくらいなら大丈夫か?

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2007年8月21日 (火)

スプリング・ボックス

最近、youtubeで「JR東日本 駅発車メロディ模範解答」というのを聞いている(映像としてはそのメロディ・タイトルの活字だけなので、「観る」ものではない)。
向こうに居て普段電車に乗りつけていた時には全然意識しなかったのだが、こうして並べて聞いてみると随分といろいろなメロディがあるものだ。
綿密な計算の上のことだろうが、どれも耳当たりのよい旋律で、しかも、よくも悪くも必要以上に意識を刺激しない。よくできている。

日暮里や秋葉原・錦糸町といった、以前通勤でよく通っていた駅のメロディだと、「ああ、確かに」という感じで聞き憶えがあって楽しいのだが、中でも一つ、特に気に入ってるものがある。
「スプリング・ボックス」という曲だ。

こいつは、昨年のナイターオフにやっていたQR「斉藤一美 ラジオかぶりつき」の中でジングルに使われていた。そのメロディが妙に耳に残っていたので、気になって探した結果、冒頭にyoutubeにたどり着いた訳だ。
そのジングルとして聞いた時にも、何か聞き覚えがあって、即JRのどこかの駅の発車メロディだということはわかったし、QRがこうしてジングルに使うなら、その駅は移転したばかりの新社屋の所在地、浜松町だろうと想像もついた。

で、「スプリング・ボックス」が使われている場所を調べてみたら、確かに浜松町の京浜東北線で使われているらしい。
が、ぼくは浜松町になんぞほとんど下りたことないし、あの区間を通ることも滅多になかった。しかも普段ぼくが通勤で乗り降り・乗り換えしていた駅では使われてない。
QRで聞いた時から何か馴染みがある曲だと感じていたのだがな〜、と思ってさらに見ていってたら、最後にその「馴染み」感の原因がわかった。

池袋駅。
山手線外回りの発車メロディが「スプリング・ボックス」だった。
それなら、聞き覚えがあるどころじゃないわな。

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2007年8月15日 (水)

死滅再び

昨夜は3時近くの就寝だったのだが、朝8時頃に目が覚めてしまった。

しばらくゴロゴロした後、「街」へ向かう。
昨日スッカラカンになったガスの補給と、この先数日間の食材買い出し。
ついでに、ファミマに着いたネット購入本の回収。

「街」の油は139円。やっぱり「村」よりも10円/l安いよ orz
買った本は、計5冊。
安彦良和『神武』1〜4巻。
コンビニコミック版がまだ在庫ありだったので、文庫版でなくそちらにしてみた。1冊当り340円。安い。
「蚤の王」は100円古本で入手済みなので、これで安彦古事記シリーズは昆布だ。
もう一点は、宮脇昭「緑回復の処方箋」。
この宮脇という人は、「潜在自然植生」という理論を掲げている。この学説の概要を聞くと、ぼくがこれまで漠然と感じてきたことをずばり言ってるような雰囲気なので、非常に気になっている。

食材も適当に買い揃えた。
冷食の餃子とブロッコリはクーラーバッグに詰めてお持ち帰り。バッグに対して保冷剤がでか過ぎて中身がほとんど入らないのが難点だが、こうしておけば帰路が断然安心。

帰宅後は部屋でうたた寝しつつ(@汁だく)、『神武』を読む。
休み明けに向けて体力の温存温存。

そういえば今日は終戦記念日だったのだな。
サヨクの伝統的修辞法では、この日を「敗戦」の日と呼び習わしているが、最近ぼくはそのまま「終戦」で良いのではないかと考えるようになった。
「終戦」という呼び方について、サヨクでは「「神州不滅」を唱えた大日本帝国=大本営の思考に基づき、敗戦の事実を糊塗している」とか、「日本が自ら侵略を行い、その結果引き起こされた戦争が軍事的敗北によって終結したことを、あたかも自らの意思に基かない現象の発生・終結であるかのように表現する。そして、そのことによって先の戦争に於ける侵略者・加害者としての側面を糊塗する」とかいう論理で批判してきた。

が、先の戦争に於ける日本の侵略行為と軍事的敗北は既に自明のこと。今日的な問題状況において、そんなことはもはやさほど重大なことでない。
ぼくには「敗戦」を強調する方が、「次は勝ってやる!!」という含みを思わせて、逆にヤな感じがする。そこから導き出される教訓は、「負けるような戦争はしてはいけない」ということになるのだ。

勝とうが負けようが、戦争は絶対的に否定されねばならない。
単に「あの戦争が終わった日」ではない「終戦記念日」であって欲しい。

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2007年4月 3日 (火)

美しい国

都知事選の‘Fァッキン’外山候補のことが、どこぞのスポーツ紙に載ったらしい。

彼の強烈な強烈なメッセージの存在を知ったのは先月の25日。能登半島の地震のニュースを2chでみて回っていたときのこと。その時さっそくYouTubeで観て大笑いしたのだが、今日そのトピックをみて改めて外山演説を観直し、またニタニタしてしまった。大いに気に入ったよ。

これは近年随一の政治演説だと思う。「選挙」というイベントについて彼が主張することが実に真っ当な真実だからだ。
累積する政治的アパシーが「悪意の一票」「やけっぱちの一票」となって、彼に投じられる票は結構な数になりそうな気がする。ひょっとすると彼の得票は供託金没収ラインを上回ってしまうのではないか。

NHKのシレッとした政見放送テンプレに収まったあの絶叫を聴いていると、「日本って、いい国じゃん」などと、彼の意図と全然反するようなことを感じてしまうのだが、それは、政治的にも経済的にも雑然とした豊穣さを失い、重苦しく煮詰まって来ているこの社会に、これだけ好き放題なことを公的に主張できる形式的な「自由」だけは、とにもかくにも、まだ存在していることを実感するから。

彼の「極左」が一体何を指向するのか、あの政見放送からでは何もわからないが(どう考えてもロジカルな左翼でないのは間違いない気はするが)、とりあえず、選挙が終わるまでに一度は彼の選挙ポスターをじっくり読んでおかないといけない。

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2007年3月20日 (火)

浄土の真宗

7&Yで、内田樹・釈徹宗「いきなりはじめる浄土真宗」、「はじめたばかりの浄土真宗」の2冊をまとめて買った。

インターネット持仏堂と題されたこのシリーズは、内田樹氏が大家をしている長屋(ブログ「内田樹の研究室」)の一角にあるコンテンツ。たぶん中身はそのままwebで読める。が、大家さんの方のエントリーはいつも読んでるのだが、長屋の他の部屋はなかなか読まないので「いいや、買っちゃえ」となった。

出た学校の関係で、ぼく自身真宗には結構関わりがある。それ系の本は書棚に結構積んであって若干食傷気味。普通の趣向のものには手を出さないのだが、ウチダ氏が関わって真宗を振り出しにいろいろと語られる本なら面白いのではないかと踏んだ。
討議の相手、釈徹宗という人は真宗の坊主。
ぼくの大学時代の後輩にも釈という名字の坊主が居たのだが、そいつはこの字を書いて「せき」と読ませる無理のある名前だった。
それはどうでも良いのだが、この釈氏は『親鸞の思想構造』という物凄いタイトルの著作をものしているらしい。
何だか某大学某学部の卒論題目でいっぱいみたようなタイトルだ。ボンクラな卒論の場合、こんな突っ込みどころ満載のタイトルをつけてると、その中身は出来の悪いレポートにすらならないというケースが99%なのだが、そんなのもこの釈氏の著作とは無関係(笑)。釈氏ご自身は若い俊英の坊主らしい。

真宗/親鸞という話題は、概して、坊主連中が語るとまったくつまらないものになりがちなのだが、逆に宗門関係でない人が語る場合、非常にスリリングで面白いものになることが多いので、ウチダ氏があの宗教をどのように受け止めて何を語るのか、に興味をひかれる。
パラパラと眺めるとかなり平易に書かれているので、ぼちぼち読んでいこうと思う。

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2007年3月17日 (土)

毛の監督

毛の監督、野村克也の「巨人軍論」を読んだ。

この人が書いたモノはいつもそうなのだけど、何となく読んでて辛気くさい。肉声が聞こえてきそうな文章というのは、ある意味名文なのだろうか? とりあえず、ゴーストなど使ってないのは間違いない。
開幕を間近に控えたこの時期、毛チームでは毎日のようにミーティングが開かれているだろうが、こんな調子の人生論が長々と語られるミーティングはさぞやしんどかろう、と選手に同情を禁じ得ない。

本の内容は、かつての巨人がペナントシリーズを勝ちぬくための方法論を確立していたことを指摘し、自分の野球がそれに通じるものであることをアピールするものである。特に重視されるのが、データの活用と精神性。

正直さほど面白い本ではなかった。
野村も、阪神・楽天と監督を続ける中で結果を上げられずに来ているので、「ワシの野球っちゅうんはこれだけ深いもんなんやで」と言いたいんだろうな、と嫌な読み方をしてしまう。

野村は、確かに偉大な選手だったと思う。日本のプロ野球史上、トータルで見て野村以上の打者といえるのは、王くらいのものだろう。
(余談ながら、記録映像で現役時代の野村のバッティングを見たことがある。どっしりとして力強いものにみえたのだが、血は争えないのというか、これがカツノリそっくりなので笑えた)

名監督であるのも間違いない。
阪神監督としての結果は出なかったが、今の「強い」阪神の基礎は野村によって形作られたと、ぼくは思っている。ぼくの「野村監督」評価は、あの中継ぎ労働課のこと(中継ぎ労働課のことはまたいずれ語り尽くしたい)で野村阪神に多少のノスタルジーを覚えるせいで若干甘めではあるのだが。

でも、この人の野球論には解放感がないのだ。
そこには、南海のテスト生として、生活のため母親のため必死になってプロ野球の世界に入っていこうとしていた、野村自身の若き日の苦しさが、今もなおそのままの形で刻まれている、
この本に限らず野村の著作を読んでみると、彼が言う「プロ野球」とは、それによって生活を成り立たせるために必死になって野球をすること、野球で成功して貧しさから這い上がろうとするハングリーな営みを意味することがわかる。

だから、彼においては、その「人生をかけた」必死の努力が彼個人の選手としての成績にとどまらず、プロ野球全体に向けて、一方では詳細なデータ分析に基づいたインサイドワークやクイック投法といった、今ではごく普通に行われるようになった戦術を創出する偉業に結びついたのだ。そして、また同時にその延長線上でサイン盗みや「スパイ行為」も肯定的に語られるのだが、いくら「人生」や「生活」をかけた野球だからといって、そこまできてしまうとプロ野球というものが纏うべき「幻想」がすっかり失われてしまう。
つまり野村のプロ野球論には。グランドの中で戦う当事者同士の角逐だけがあって、ファンという存在へ振り向けられる意識が皆無なのだ。これから這い上がろうとする若い一人の選手ならともかく、プロ野球界の重鎮中の重鎮ともなった野村の意識がこれではマズいだろう。

いい年をしたおっさんたちが(中には若いあんちゃんも居るけど)、生活をかけて必死に野球をする。そんな姿は、もちろんそれなりに味のあることだけど、それは手練のスポーツ・ノンフィクションの書き手がサイド・ストーリーとして伝えてくれれば充分だ。何よりもまずは日常の次元とは隔絶した美しい幻想の世界に酔いたくて、ぼくらは野球場に足を運ぶのだ。光の世界があってこそ、影の逸話も豊穣なものとして味わえる。
そもそも野球というスポーツが「興行」となっていることの意味を考えれば、修練を重ねた技の上で、さらに「魅せて」なんぼのもの。何もプロレスになれと言うのでは決してないが、素人には到底まねの出来ない技能に基づいた上で発揮される、良い意味でのショーマンシップがプロ野球全体の中に不可欠だと、ぼくは思う。

と、考えてくると、曇りなく光り輝くスター集団を築き上げようとし続けたシゲヲ氏の方が、実はぼく向きということになるのではないか?、と思い至り何やら暗澹たる気分になるのだが(笑)。

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2007年3月12日 (月)

某雑誌

家に帰ると、昔在籍していた大学の研究室が出してる雑誌が届いていた。あまりにコテコテなタイトルなので誌名は伏せておく。

パラパラとめくってみると、相変わらず同じ話題のまわりを堂々巡りする論文2本。1本は名古屋だったかに在住してるというやたらにパワフルなオバハンが書いてる続き物(ぼくがこの人と会って話をしたのは10年も前の、ある研究会でのことなのだが、そのときもこれと同じようなことを言っていた)、もう1本はMを終えてDに入った、たぶんF師のゼミ生だろう男の子、の修論らしい。
離れてずいぶんになるので迂闊なことは言えないが、特に男の子の論文を斜め読むと、何だかつまらない物を書いてるな〜、という印象を受ける。こっぴどく言ってしまえば、あのスクールのタームを多用した、さして出来のよくないカーボンコピーなのだ。ぼくも3年間F師のゼミに所属していたのでよくわかるが、あの人の下では、素直で真面目なヤツほどその罠にはまる。

F師は、その思考と生き方の上でまったくブレることの無い、全面的な尊敬に値する人物だと、ぼくは今でも思っている。あの人のゼミ生だったことは誇らしいことだし、そこで聞いた言葉は、今のぼくにとってある種の拠り所である。
が、しかし・・・、なのだ。
師匠に導かれるまま百年一日の如く同じ軌道を巡っていてはダメだろう、と思う。研究者として立つためには、一つでも良いから何かしら他には無い、自らの視点を持たなくては。
一般に、デビュー作には、その研究者のその後を特徴づける個性的なキイが明らかに刻まれている。
いってみれば、その後の研究は、デビュー作を展開・敷衍してゆく変奏なのだろう、と、学生時代のぼくは考えていた。ぼくは出来の悪いグータラなヤツだったので、創見といえるようなちゃんとした成果など出せるはずもなかったが、それでも、そのことにこだわらずには居られない自分自身のキイを事象への視線に刻印したモノを書きたいということは思っていた。

彼の「論文」は、構成も文体もしっかりしていて、実に「行儀よく」まとまっていると思う。きっとよく読み込んでるのだろう。
が、読んでも、そこに彼の、個性的であるはずの相貌がみえてこないのだ。
要らぬことながら、この見知らぬ後輩の研究生活が稔り多きものとなることを願わずには居られない。

そういえばこれが届くのは随分久しぶりな気がする、と思ってふと発行年月日をみると、なんと去年の3月と記されている。1年落ちな訳だ(笑)
昔から原稿が集まらず半年遅れだの何だのとやっていたが、いまだにひどい沈みっぷりをしてるらしい。

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2007年3月 8日 (木)

なんでそっちやねん!!

今更ながら麻耶雄嵩の「神様ゲーム」を読んだ。
彼女から借りたまま、かなりの期間積んどいたものなのだが、先日急にムラムラして読んでしまった。

感想はタイトルの通り。
以上。

・・・だと、つまらないので、もうひとこと。
ネーミングのブラックなくすぐりが楽しいし、短くて読みやすい。面白かった、と言っておこう。

あの落とし方についていろいろコムズカシイことを言ってる人が居たけど、あれは、麻耶があそこまで書いてきて、急に、ただ単に、とにかくそういう形にせずにはいられなくなっちゃったんじゃないかな〜、という気がする。というか、最初から意図した結末なのかあそこで「急に」そっちにしたのかはともあれ、きれいに調和した大団円(どのみち殺人の話なのだから、解決してもマルくは収まらないのだけど)に読者を導いてカタルシスを与えたくない、という執念「だけ」で捩り出された落とし方なのではないか、と思う。
調和した(もしくは「するかに見えた」)世界を造り上げては、それを一気にブチ壊してザマーミロ、というのがこの人の真骨頂なのだから、この人の作品に「ミステリ」という、調和に向かうストーリーテリングの流儀を当て嵌めて、伏線がどーだのと「分析」することほど滑稽な話は無い。

ともあれ、「世界というのは不条理なもの、なのだよ」ということを子どもに教える、すばらしく教育的な作品ではある(笑)

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2007年2月22日 (木)

マツキヨ

重松清「流星ワゴン」を読んだ。
古本、105円。

この人の小説は困るのだ。
一度読み出すと止まらない。結局、毎度睡眠時間を激しく削って一気に読みとおすことになってしまう。


妻は浮気し離婚寸前。中学受験に失敗した息子はいじめに遭って不登校から引き蘢りとなり、家族は崩壊寸前。物心ついて以来、理解し合うことができなかった父は危篤状態。会社でもリストラに遭って絶望の淵に。
「もう死んじゃってもいいかな・・・」という思いに囚われた主人公永田一雄の前に、一台のオデッセイが現れる。乗っているのは5年前の交通事故で死んだ父子。
そのニ人に導かれ、一雄はこれまで通り過ぎてきた家族のターニングポイントを追体験するドライブに出る。
その中で一雄は自分と同じ38才の父と遇って言葉を交わし、過去のある時に遡って、曲り角にいる妻や息子の姿をみる。

文庫版解説の斉藤美奈子は、結局やり直しがきかない結末は甘くないものだ、という趣旨のことを述べているが、ぼくはそうは感じなかった。
万事が丸く収まるハッピーエンドではないのだろうが、ほんのりと再生の希望が漂う終わり方は、いかにもこの人らしいと思う。


重松清のことを初めて知ったのは、いろいろな文学賞を獲ってメディアによく出るようになってきた頃のことだから、6・7年前だと思う。NHKの「しゃべり場」にゲストで出ていたのを、何かの拍子にたまたま、本当に偶然に(あの番組は何やらこそばゆくて、2・3回チラッと観たことがあるだけなのだから)観たのが最初だった。
番組の中で、思いを表そうと言葉が空回りするワカモノを前に、どことなく心許なげに語る語り口が、印象に強く残った。それは、決して「堂々と」したものではなかったのだが、高ぶらず誠実に他者と向き合い通路を開こうとする姿勢が、そこには感じられた。
その語り口を聞いた瞬間、なぜか、この人は読み出したら止まらない小説を書くだろう、気持ちの中にまっすぐに入ってくる文章を書くだろう、という妙な確信を持った。この人の小説を読み出したら一気にハマるぞ、と感じつつも、その後しばらく間が空いて、小説を読み始めたのは実はかなり最近のこと。
その時の憶断は、少しも外れていなかった。
当人は呻吟しながら書いているのだろうが、溢れるようなストーリー・テリングの力を感じる。

マツキヨは、QR朝のワイド番組・「野村邦丸のごぜんさま」に、木曜日のコメンテータで毎週出ている。ぼくが聴けるのはオープニングの10分ほどでしかないのだが、これも密かに良い。
邦丸とのオヤジトーク自体も楽しいのだが、ちょっとした掛け合いの中にも、この人独特の、相手をそらさず通路を開いていく呼吸の間合いが感じられて、ますます好感を抱くことになるのだ。

まったくそんな雰囲気を感じさせないが、マツキヨといえば当代随一のベストセラー作家。
こういう人の言葉が力を持つのなら、この日本もまだそんなに捨てたもんじゃないのかな、という気がする。

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2007年2月18日 (日)

ルーキー

山際淳司の「ルーキー」を読んだ。
古本、105円。

山際淳司のエセーは好きだ。かなり前の時期にはなるが、古本屋で捜しては手当りしだいに読んでいた。
この人の視線は、常に暖かでヒューマンなものを感じさせ、読んでいて幸せな気持ちになる。
文章が美しい。
明るいイメージに満ちている。
世界が常に夏なのだ。

この本は、プロ入り1年目の清原和博を中心に、彼と交差する人々を描いた作品。

読んで驚いたのは、今のぼくなどが観る/イメージする清原と、山際の目に映ったルーキーイヤーの清原、その姿に、ずいぶんと大きな開きがあるのだ。
それは、高校生時代それからプロ入り当初の清原というのを、ぼくがよく知らないのが原因ではあるのだが。

ルーキーとしての清原は、右へ巧すぎる打球を飛ばす、「力より技の勝った」打者だったらしい。
単に長打を打つ「力」があるという打者ではない。
「しなやかさ」と、高校生離れ・ルーキー離れした老獪な「巧さ」を、より強く観る者に感じさせていたようなのだ。
「ルーキー」の清原像は、先々どれほどの記録を打ち立てるか想像もつかない。

今でも、右への力ある打球というのが、清原の一番の魅力なのはわかる。通算ホームランでは歴代上位に位置するようになった。
が、プロ入り20年を数えるこの無冠の帝王は、その若き日の面影をすっかり失ってしまったようにみえる。
ライオンズからジャイアンツを経てバファローズに至った今の清原は、どちらかといえば力任せに振り回す巨大扇風機の様相が強くなってしまっている。
巨人に居た清原には、ほとんど恐さがなかった、というのが暗黒時代の阪神を応援していた者の率直な印象だ。

山際の描く「ルーキー」が、贔屓の引き倒しでないとするならば、清原はなぜ、いつごろから、どのように、変わってしまったのだろうか?
読んでいて、そんなことが気になった。

ところで、この本を読み終わって本棚を覗いたら、山際淳司を並べているコーナーに同じものがなぜか1冊既に入っていた。105円の値札付きで。
こないだは「タッチ・タッチ・ダウン」を重複買いしそうになったし(このときは会計の寸前に思い出した)、著者名で条件反射するのは実に危険だと思う今日この頃。

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2007年2月12日 (月)

鎌ヶ谷

オープン戦のチケットを取りに鎌ヶ谷のファイターズ・スタジアムに行った。

下総台地の起伏をのぼりくだりしつつ、のんびりとチャリを漕いで約50分。
風は弱く、空気はほんのりと湿って、日射しは暖か。あちこちに梅が咲いている。
こういう春の気配を感じると、野球の季節がもうすぐ始まると思えて、何やらわくわくする。

現地に着くと、スタジアムでは陶器市が開かれていた。
そんなにたくさんの人が集まっている訳ではないのだが、テントが張られ模擬店が出て、ちょっとしたお祭りムード。
会場には鎌ヶ谷のマスコット、C.B.(カビー)が居た。今日も盛んに愛嬌を振りまいていたが、BBよりかわいいと思う。
選手が皆キャンプに出払っているこの時期、ガランと閑散な風景を想像していたので、意表を突かれた。
誰も来ない球場でポツンとチケットなんか売ってるのか?、と少し心配していたチケット売り場もちゃんと営業していた。

じつのところ、北海道札幌のプロ野球チームのファームが千葉の鎌ヶ谷にあるのが、本当に良い状態といえるのかどうか、やや懐疑的にならざるを得ない部分がある。
ファイターズ2軍が鎌ヶ谷に定着してきていることは確かに感じられる。シーズン中でもシーズンオフでも、ここに来るたび、かなりの頻度で何かのイベントに遭遇する。ずいぶん努力しているのだろう。
鎌ヶ谷は、戸田や浦和のような単なる練習・育成施設ではなく、2軍とは言えエンターテインメント性や興行性を積極的に取り入れて、地域コミュニティに於けるある種の文化拠点を目指しているのだと思う。そして、それは少しづつではあっても成功し始めていると信じたい。
ただ同時に、実際それは極めて小さい規模/狭い範囲での話でしかないのだろうな、とも思うのだ。

この数年、プロ野球という枠組み全体についてそのあり方が問われてきている。2軍という存在についても、独立採算的なあり方(サーパス、シーレックス、インボイスなど)が導入されたりしているし、一方では、極端な話として不要論がぶち上げられるなどもしている。そうした模索の中で、さしあたりもっとも頻繁に取り上げられるキイワードは「地域密着」だろう。
その意味では、本当の筋から言えばファイターズ・ファームは、北海道のどこか、札幌ではなくもう少し小さい街に本拠を置いて、そこの地域の人たちと共に何かのコミュニティを形成していく方が、本当は良いのではないか。「地元」のチームとして、より広く、深い支持が得られるだろう。
プロ野球人気の低下などと言われることがあるが、それでもやはりプロ野球というものは、経済的な意味を含めて大きな可能性を持つコンテンツである。その「可能性」が、現状のように鎌ヶ谷の一隅だけに限定されてあるのは、ある意味ではもったいないことだと思う。

今、鎌ヶ谷のファイターズは、どのように認識されているだろうか?
鎌ヶ谷の市内ならともかく、近隣の自治体になってしまうと、ファイターズというチームを自分たちの地域(広く捉えた地域)に何かしらのかかわりがあるものだとする認識は全く無いのではなかろうか。もっとも、そういう状況はファイターズ@東京の時代も同様ではあった(ただでさえ「ロッテの千葉」の一角なんだし)。かといって、よりひろく捉えて「東京の/関東の」地域というくくりでは「自分たちのチーム」という認識は極めて成立しにくい。
だが、例えばこれが北海道内のどこかの街なら、話は別なのではないかという気がする。ファームが置かれた街(自治体)の人たちはもとより、近隣の街の人たちにも自分たちの身近なチームとして認知して貰いやすいだろうと思う。なんせ、大きく「北海道」を冠したプロ野球チームが母体なのだから。
新規にファームの本拠地を建設するコスト(鎌ヶ谷はかなり充実した施設である)、北海道に移転した場合イースタンリーグの運営の上でかかってくることになる移動経費、などの理由がメインで、鎌ヶ谷はそのままになって居るのだろうが(市との約束があるという話を聞いたが、それを尊重してという側面は弱いだろう)、いずれここの処遇は変わってくるだろうと踏んでいる。

ただ、ぼく自身にとってこの球場は、以前からちょくちょく野球を観に来て、プロの選手達を初めて身近な存在に感じた場所。
梨やネギの畑が点在する、起伏の多い北総の農村風景のまっただ中にあり、実家のある辺りから、昔かよった高校、今の住居までを含めてかなり広く括れる「地域」の風景の中にある。
そうしたものへの馴染みと相俟って、ぼくはこのスタジアムとチームに個人的な愛着めいたものを感じるのだ。

帰路、近所の花屋を覗いて雪柳を買う。380円。
冬になってからすっかり姿を変えてしまった「自称・観葉植物」の人をマ・メール跡の鉢に植え変え、今まで彼が住んでいた大鉢に、白い花をつけた新入りを植えた。
新入りの人は、かなり長持ちする種だという話なので、じっくり付き合っていきたい。

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2007年2月 8日 (木)

学校といふもの

昼食時、ふとした話の流れから学校で習った勉強の話になった。
といっても、ぼく自身はそういう会話に積極的に加わっていた訳ではなく、いつものことながらただ居合わせて話を聞いていただけなのだが。
小学校の算数の話などから始まり(すっかり忘れてる!だの、あまり役に立たないだの)、少し前に問題になった高等学校の科目未履修問題などにも話が進んだ。

その件に関連して社長殿はこんな感じのコメントをのたもうた。
「自分の高校でも受験科目以外の「無駄な授業」は一切なかった。が、進学コースの生徒としての自分達にとってはそれが適切だったし、いわば合意の上の事。その後も正規の手続きを経てハードルを越えて大学に進んだのだから、何の問題もやましいところもない」
ま、「それはごもっとも」と言うほかないし、未履修問題に関して「負うべき負担を、ズルして避けた」というニュアンスの批判はまったく当を得ていないとは思う。
が、それにしても、その社長殿の言葉のニュアンスには、なんとなく座りの悪い感覚を味わった。

ぼくらのころ、そして今、高校の卒業要件科目というのが、どうなっているのか、実のところぼくは全然知らない。
が、ぼくの通っていた高校は、たぶん、何の、言わば「工夫」もせず、漫然と指導要領通りのカリキュラムを組んでいたのではないかという気がする。
そこそこの進学校なのだが、受験対策というべきことにはまったくと言ってよいほど頓着しないのだ。
進路指導も担当する某教諭が「まあ、うちは4年制の高校だからな。君らはここで3年間遊んで、津田沼で1年間勉強して大学にはいる、と」などと放言していたくらい、実にまったりと自由な、素晴らしい学校だった(笑)
よく言えば、先生も生徒も分別があるというのか、勉強をしたい奴・する必要がある奴は自分でとっとと勉強するもの、という認識が共有されていた。当然、授業中には内職も就寝も横行するが、あまり咎められた印象はない。

そんな中で、ぼく自身、たとえば「理科」では、化学を選択で履修したのは憶えているが(理系科目は軒並みズタボロだったのだが、化学は唯一の得意科目だった。なんせ化学部に入っていたのだ)、それ以外、例えば物理めいたモノを習ったのは理科1の物理分野だったのかそれとも独立した「物理」の授業だったのかよく憶えていない。
数学でも、(たぶん試験前のことなのだろう)代幾や確統の教科書や副教本を前に置いて憂鬱になった記憶があるのだが。
一方、「社会科」では日本史も世界史も倫政も現社も、それぞれ授業を受けた記憶がはっきりある。
大学出たて、ヲタ臭い風貌とナヨッた語り口、後から知れば新しい研究成果を織りまぜた授業を展開していた日本史の某教諭。
ムスリムを語りつつ「アッラーの神よ〜!」と陶酔、芝山を聖地と呼ばせる世界史の某教諭。
「責任者出てこい!、このメンタンピンがあ〜」と世事にいかりまくる現社の某教諭。
倫政は先生が面白くなかったので、授業の進行とは無関係に倫理の教科書を斜め読んだり、当時はまっていた遠藤周作を読みふけったりしていた。
地理を取らなかったのは確実。
当時は社会科全般、受験に関係する科目としては好きでも得意でもなかったのだが(いろいろな用語を憶えるのが面倒だった)、ひとつひとつの科目について授業の印象が残っている。
多くの先生が妙にキャラ立ちしてるというのも大きかったが、ぼく自身にも結局その後人文社会系に進むべき下地はあったのだろうな、とは思う。

そもそも、学校の授業など、おおかたは端っから無駄なもの。
社長殿は受験で選ぶことを予定してなかった日本史も世界史も履修しなかったというのだが、なんだかもったいないな、とぼくなどは逆に思う。
学校の授業というのは、受験に於ける有効性だけによってその存在意義を判断されるべきものだろうか? そういう意味でなら、無駄でいいじゃないか。
でも、そんな無駄な枠組みの中にこそ何かを知る楽しみを体感する余地も生まれる、というのは、良い学校環境に恵まれてきた者の独善だろうか。
社会一般に対峙して、効率性や合目的性だけに囚われない「無駄な時間」を確保するアジールとしての意味に於いて、高等教育機関は価値を持つとぼくは思う。
科目未履修の生徒達について遅ればせながら思うのは、だから、ある意味で逆に「残念だったね、自分の好きな勉強ができなくて」ということになる。

とはいえ、ま、昨今の教育に関する話題ついては、もうどうでもいいし、何も思わないけどね。

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2007年1月20日 (土)

「昭和の妖怪」、三たびあらわる

APE、もといABE首相に嫌気が差して仕方がない。

切れ味鋭いイメージで売り出した割には、実際の政権運営には早くも頭打ち感がある。
みるからにボンボン、語り口も何やら優柔不断そう。
大いなる偏見を漲らせて言うのだが、アベ氏の、あのヘニャっと左右に撫で付けた髪型をみていると、鉤十字徽章をつけた詰め襟軍服を着せ鼻の下にチョビひげをつけてみたい誘惑に駆られる。
時として身内からも「独裁者」と罵られたのは、筋金入りの変人として、あらゆる方向からの批判を平然と弾き返し続けた前任者の方だったのだが(笑)

ともあれ、今日び、政治にまつわるいろいろな事どもが何やらやたらに大時代がかっている。
先日の教育再生会議だかの報告案など、まるで趣味の悪い冗談である。
もちろん教育の荒廃はアベ氏ひとりの責任ではないし、それに対して即効性のある方策など立てようがないのも確かだ。噴飯モノな報告案が持ち上がるのも仕方あるまい。
さらに言えば、憲法改正は自民党結党以来の党是であり、昨今の政治的イシューに関して飛び交う種々の復古的言辞も彼の就任を機に出始めた訳ではない。
だが、「美しい日本」などという、意味はよく判らないが何やら復古的なメッセージを発し、憲法改正を最大の政治課題に掲げるアベ氏が、その趨勢にまったく無関係という訳でないのも確かだ。

アベ氏はよくわからない。
彼の内のどこに、あのようなスタンスを導くモティーフがあるのだろうか?
アベ氏の物腰をみていると、あの政治的姿勢が、まさに一個の存在の内奥から否応なく導かれるものとは、どうも思えないのだ。
喩えて言えば、中学生女子などが、テレビのインタビューでカメラに向かって白々しい「模範的コメント」を答えているような「外付け」感が、アベ氏の発言には漂う(女子中学生もアベ氏も、当人は極めて自然に思うところを述べているだけなのだろうが)。
それは、アベ氏の前任者コイズミがとってきた政治的振る舞いが、まごうことなく彼の本然の気質にその一端を発し(他方にはパフォーマンスとしての効果を考量した打算があるのは確かだが)、ある意味に於いては政治的損得を超越して如何ともし難い内発的必然性を持っていたことと、明らかに対照的である。
そんなことを思うにつけ、アベ氏の祖父、言わずと知れた元首相岸信介の存在を感じずには居られない。

「二キ三スケ」という言葉があった。
戦前の日本が中国東北部に建てた傀儡国家である満洲国の政財界を牛耳った実力者を並べた言葉だ。
東條英機(のち首相)・星野直樹(東條内閣の内閣書記官長)のニキ、鮎川義介(日産創業者)・松岡洋右(のち外相)、それに岸信介の三スケ、という錚々たる面々である。
岸信介は大日本帝国の国運を担うエリート中のエリート官僚であった。
東條内閣では商工大臣として戦時経済の運営に辣腕をふるい、さらに42年の翼賛選挙を機に政治家へと転身する。
国家の中枢で戦争の指導に当たった人物の一人としてA級戦犯容疑でスガモ・プリズンへ。
いわば政治家として一度は確実に死んだはず、であった。
その半死体が強靱な政治的生命力でよみがえる。
公職追放が解けると政界に復帰、55年には自民党結党の中心人物の一人となって一気にその力を発揮する。
57年首相に就任し、その後、あの安保条約の改定という大事業に当たった。
岸は、結局その安保改定を巡る社会的混乱の責任をとって辞職し、政治の表舞台から去るが、その後も長きにわたって大きな影響力を維持した。
死んではよみがえり、姿を隠しても影で生き続ける。「昭和の妖怪」と呼ばれた所以である。

妖怪として戦後日本を生きた岸が畢生の課題とし、遂に果たせなかったのが、憲法の改正。
今度はどうやら孫の空虚な脳みそに宿り、時代を越えてこの平成の世に三たびの出現を果たしたらしい。

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2007年1月10日 (水)

サヨナキドリ

ここ数年、買おうと思い立つ音楽CDはどれもひどくマイナーなものばかり。ちょっとしたレコード店に行っても、まず置いてないようなものがほとんど。
あちこち捜しまわるのは面倒だし、ということで7&Yを使うことにになる。

先日も、昨年12月にリリースされたシングルを1枚買った。
「サヨナキドリ」というタイトル。
Green2というグループが歌っている。

いつも仕事帰りにはチャリを漕ぎながら某国営放送中波ラジオを聴いているのだが、夜の帯番組の合間に「ユアソング」という短い枠があって、12月の1ヶ月間、「サヨナキドリ」は枠でずっと流されていた。
ほぼ毎日聴いているうちに、妙に耳に残ってしまったのだ。

面白いのは曲の最後。唐突に曲想が変わり、チャイコフスキーの「弦楽セレナーデ」が朗々と響き渡る。
そういえば詞の中でセレナーデがどうの、と歌ってる。
歌のタイトル自体も、「小夜」啼鳥と「小夜」曲をかけた言葉なのだとか。
詞の中の、生きる喜びや希望を与えてくれる「歌」っていうのが結局弦セレそのもののことなのか、それとも音楽一般を「うた」と言いかえているのか、はたまたもっと違う意味なのか、いまだによくわからないのだが。

最初に聴いた時印象に残った原因は、もう一つ、全体の雰囲気が何だか妙に時代がかっている点。
こんな雰囲気の歌は昔々の久保田早紀が歌っていてもおかしくないような気が・・・、その時はした。
などといっても余計イメージしにくいだろうと思うが。
後から分かったのは、歌っているGreen2が若い演歌歌手のユニットらしいということ。
なるほど(笑)

いずれにしてもかなり気に入って、この数日ちょくちょく聴いている。
この買い物は当たりだった。

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2007年1月 7日 (日)

マツリゴト

Yahooニュースより
【安倍首相 伊勢神宮参拝、菅義偉総務相ら4閣僚も同行】1月5日10時11分配信 毎日新聞
 安倍晋三首相は4日、三重県伊勢市の伊勢神宮を首相として初めて参拝した。〈中略〉
 伊勢神宮の参拝は歴代首相の新年の恒例行事。黒のモーニングに身を包んだ安倍首相は外宮、内宮の正殿へと進み、2礼2拍手1礼の神道方式で参拝した。
 首相は参拝後、記者団に「昨年は私にとって本当に激動の1年間だった。今年は日本にとっても私にとってもいい年にしたい。日本国の安寧と繁栄を祈り、皇室 の弥栄(いやさか)、そして世界の平和を祈念した」と述べた。

【安倍首相 明治神宮を参拝 森元首相以来】1月7日10時8分配信 毎日新聞
 安倍晋三首相は6日、東京・代々木の明治神宮を参拝した。〈中略〉
 モーニング姿の首相は神職からおはらいを受けた後、内拝殿に昇って拝礼。約15分の参拝後、記者団に「日本国の安寧と発展、皇室の弥栄(いやさか)と世界 の平和、そして来週からの欧州訪問が成功するように祈った」と語った。
 今回の参拝について、政府筋は「首相が保守主義に基づく国家観の持ち主とアピールするため」と指摘している。


この年明け、ヒデブ、もといアベ氏の動きが興味深い。
この2つのニュースは、彼の政治的思想的バックグランドが奈辺にあるかを明瞭に示しているのだが、その躊躇の無さには、いよいよ来るべきものが来たという印象を受ける。

神聖な神々に嘉される「美しい」日本。
権力者は、自ら敬虔に神に額ずいてみせることによって、その支配を貫徹する。
われわれは一体いつの時代を生きているのだろう?
21世紀にもなって、古代以来連綿と続くマツリゴトの原理が、かくもあからさまに信奉される光景を目にするとは。

歴史とは実に皮肉で、この上なくアホらしいものである。

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2006年11月26日 (日)

天使は瞳を閉じて

なんとなく気が向いて、そのシナリオ本を引っ張り出し、読み返した。
数年前に買ったイギリス公演のヴィデオもあるのだが、静かにあの話を味わいたかった。
歌と踊りと内輪ネタ盛り沢山の鴻上の舞台というのは、その時その場所に居合わせないとただ騒がしいだけのような気がする。

「ここではないどこか」へ、ユートピアを求めて彷徨う人々。
穏やかな身振りで世界を覆いつくすディストピア。

サゼッションに満ちているが、くどく語り尽くされないこの物語は、その結末の救いの無さに反して、不思議な希望を与えてくれる気がする。


高校の頃、演劇部がこれを舞台にかけていた。
今になって思えば、初演からまだ間もない頃だ。彼らはずいぶんと鋭敏なアンテナを持っていたのだと思う。
演劇の世界には、その当時も今もほとんど関心がないのだが、その舞台には友達の誘いで裏方の手伝いとして参加していた。
袖から観る舞台、繰り広げられる物語の世界に引き込まれた。
うちの高校の演劇部はごく少人数でやっていたので(だから裏方手伝いが必要な訳で)、記憶に残るストーリーはオリジナルを大きく改編したものだったのだが、とても深い物語として強烈な印象が残った。
その時貰ったシナリオは、ずっと手許においてあったのだが、学生時代の下宿を引き払う時にどこかに紛れてしまった。オリジナルより数段良いものだった筈なので(笑)、どこかから出てきてくれると良いのだが。
ともあれ、個人的な思い入れのある戯曲である。

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