2009年9月25日 (金)

キンモクセイ香る

シルバアウィークとやらの初日に当たる先週末。
朝、家の外に出てふと気づいた。
秋風の中にほのかに漂うキンモクセイの香り。

体の奥底がうずく。
ワクワクして力がみなぎるようでもあり、気だるく脱力するようでもある、何やら不思議な感覚。

去年は確か10月の声を聞いてからだったように思うのだが、心なしか今年は秋の訪れが早く感じられる。
曼珠沙華も9月に入ってすぐ咲き出してたし。
空気はすっかりからっからで妙に涼しくて、毎朝結露びしゃびしゃ攻撃を受けてるし。

それにしても、毎年生活の根本に何も変化がないから感じることからして同じことの繰り返しなのだな。

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2009年6月20日 (土)

恒例! 季節の話題

今年もネムの花が咲いた。
先週の日曜だったか、H川沿いの県道を下に向けて走っていた時に初見。
その後川縁を主としてあちこちの梢に、あの、ふわふわとした薄紅色の花弁が見え隠れする。
やっぱりあれは美しい。

ネムの木自体、日本列島のうち暖温帯においてまったく珍しいものでないことを、今となっては当たり前のこととして理解しているのだが、ぼくにとってはこの地に来るまでほとんど身近にない植物だったことがあるので、そこいら中にあの花が咲いているのを見るにつけ、この地に住み、自然の営みの近くで暮らせることを、未だ身に余る幸せと感じてしまう。

ところで、今年はネムの開花に気づいたのが昨年より少し早い時期な気がする。
空梅雨でやや気温が高めで推移しているせいなのか、それとも単に昨年は気づくのが遅かっただけなのか?
ついでに、こころなしか紅色が濃いような気がするのだが・・・。

今年の新たな発見は、ミズキ。
クマノミズキなのかもしれないが、川沿いなどをよ〜くみて行くと、白というか淡いクリーム色というか、そういう花が棚状の枝葉の上に咲いているのを、今年は確認することができた。
というより、なんで昨年は気づかなかったんだろう?
ひょっとして、なにか勘違いしてるんだろうか?
いや〜、あれはミズキっぽいよな?

P.S.
ひぐらしも今日の夕方、鳴いてました。
初観測ですな。
いよいよひぐらしの鳴く頃になりますた。

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2008年10月 8日 (水)

Road to 秋

このところ、秋モード全開である。


先月の10日、「村」の動脈県道のK峠でヒガンバナを初見。
もうそんな季節か~、と思ったのも束の間。
翌週の台風が明けた途端、うちの辺りは一気に秋全開になった。

朝晩が涼しい、つーか寒い。
昼間仕事してても水分要らない。もしものために持ってく2Lのうち、1L持って帰ってくる状態。


トンボは激しく飛び交い、蜘蛛はそこいらじゅう盛大に巣を張ってる。
山々のあちこちに、まるで赤く花が咲いてるかのように黄櫨が色づいてる。

そして、先週末にはついにキンモクセイの初香がキターーーー!!

ああ秋だぁ~。
なにやらすっかり脱力の毎日である。

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2008年7月 3日 (木)

夏が来た!!

ここら辺に住んでいると、季節の移り変わりがダイナミック過ぎて、つまり四季折々に「自然の」・「山の」生態があまりにも大胆に五感を直撃するので、妙なことだが、逆に、そういうことに鈍感になる。
いや、「鈍感になる」というよりも、四季の移ろいとその風物に関してわざわざ言揚げしなくなる、と言った方が正確なのかもしれない。

とりあえず、ぼくにとって重要なことは、先月の下旬からあのネムの人たちが花をつけ、今もまだ、そこいら中で咲き誇っている。
とにかくこの辺り、ネムの人たちの栄えぶりったら、もう、凄い凄い。

夏と言えばもうひとつ、忘れてならないのがセミ。
やつらも、まずニイニイゼミが鳴き始めたと思ったら、後を追うようにヒグラシまで出現。
ヒグラシってこんな早いかったっけ?と訝しんだのだが、鳴いているのだから認めざるを得ない。
もうちょっとしたら「真打」、クマゼミ御大が登場するだろう。
まあ、こないだそれっぽいのを聞いた気がするので、もう出て来てるのかもしれないが。

気をつけてチェックしていかないと、いつ頃何が出てくるのかがよくわからなくなるので、今度からは何か自然観察ノートでもつけてみよう、と思う今日この頃であった。Jt100003

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2008年3月 3日 (月)

ジン花開く

部屋の前に無造作に置いてある鉢植えの沈丁花。
こいつのことは「ジン」と呼んでいるのだが、実にタフで健気なヤツである。
水やりを忘れて土がカラカラになったまましばらく放置されたり、足元には雑草が伸び放題だったり、そりゃもうひどい扱われ方。
が、そんな非道い待遇にも負けず、このジンは冬の間に着々と蕾を膨らませ続け、今日ついに最初の花を開かせていた。

鉢に近付くとフワ〜っと漂う匂い。
ああ、春が来るんだ。

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2007年9月22日 (土)

彼岸花

今日は事務所のOT氏とKS氏、OK氏MB氏KR兄とともに2組に分かれてプロット張りに行くことになった。
予定では先日までと同じくT野川の木柵工に行く見込みだったのだが、急遽変更。まったく、朝来てみないことにはその日何をするのかわからないという、不思議な職場だ。

ぼくは「歩く窓際」OT氏と2人でIの川方面に向かったのだが、組合車のダットサン・ピックアップを初めて運転することになった。
普段、小回り利くことが身上のサンバーに乗っているので、あのボディのでかさにはちょっと気後れする。Iの川は以前除伐に入っていたエリアなのだが、谷自体が非常に細くてその縁を走る道もほぼ一車線なのだ。
しかもクラッチの繋がる位置がどうもよくつかめない。挙動がガタガタだ orz

とりあえず何とかとり回しつつIの川の谷深くに入り込んでいくと、山あいのちょっと陰った棚田の畦に彼岸花が咲いている。

先日潮岬測候所のHPを見たところ開花が報じられていたので、ここ数日ちょっと気にしてみまわしていたのだが、うちの辺りで咲いているのは今日初めて見かけた。まだ開花していない株も多いので、本当に咲き初めなのだろう。
暮らすエリアも日々の生業も去年までとは全く違うので比較は出来ないのだが、今年の夏は確かに暑いようだ。これまでのところ日中は夏そのもの。これでは彼岸花などまだしばらく開花しないのではないかと思っていたが、偉いものできっちりとこの日付にあわせて開花している。

仕事の方は、午前中2カ所でとんでもないシダ原と格闘するハメになり、結局プロットは6つしか張れず。
ヘロヘロなOT氏を保護するために、さんざん飛び回ったので結構疲れた1日になった。

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2007年9月17日 (月)

ノー・モア・ハナコさん

何かの形で解決をつけることができなかった「思い」というのは、後々までずっと影響を及ぼし、時として妙な形で蘇って来るものなのだということに、今朝改めて気がついた。

今朝方見た夢の中に、ハナコさんが出てきた。
その夢の「設定」がどういうものだったのかは、何となくもやもやとしていてハッキリ思い出せない。
が、その夢の中のハナコさんの姿はとにかく鮮明だった。
自分の脳味噌の一体どこに、こんな精密な動画データがしまい込まれていたのだろうと思うくらいに。
しかも「単なるデータ」とは思えないくらい生き生きとし、臨在感があった。
そう、ハナコさんは確かによくあのブラウスを着て、あんな風に立っていた。

夢の中のぼくは、久しぶりにハナコさんに会ってひどくうれしがり、あの頃と同じように舞い上がっていた。
さんざん舞い上がった挙げ句、その状態でハナコさんの前に居ることが少し居心地悪くすらあったのだが、その感覚こそまさにあの当時のぼくを拘束したものだった。

目が覚めてからしばらく、何だか息苦しかった。夢の中で感じた情動の激しさに、正直、我ながら驚いた。
普段全然意識することのない感情の「罠」が、自分の内側にこんな形で潜んでいることに今回初めて気付いた。

あの当時ぼくは、抱いていた感情を、結局いかなる形の解決にも導こうとしなかった。
その結果であるところの現在の状況について、自分では充分に納得のいくものであると感じている。

では、もしあの当時何かを求めて前に進んでいたとしたらどうだったろう?
これは別に悔し紛れではなくいうのだが、僅かな可能性としてあり得た最良?のパターンを辿ったとしても、おそらくはそう長くないスパンのうちに、ぼくはそこから別の場所へ移動(もしくは逃避)していくことになっただろうと思う。
激しく「あこがれ」つつも、ハナコさんを前にすると感じていた「居心地の悪さ」は、おそらくぼくの基本性向に根ざすものだろうから、あの判断そのものは間違いではなかった筈。
いや、というか普通に考えれば、砕かれることで感情に終止符を打つという、最も妥当な解決がもたらされたであろうから、そのチャンスを逃したのはやはり失策だったのだろうか?

結局、あの時の自分の対応は、今のぼくの基準からみてもある意味では正しかったのだ。あの時もぼくは今と同じ程度に賢かったと言って良いだろうし、さもなきゃ、今もあの当時と同じくらいアホなのだろう。
だが、あれ以来「未解決の思い」を作り出し、それに囚われることだけは止めようと、とにかく心に決めている。
だから、心が動いたら迷わず進もうと思ってきた。そして、これまでのところ、その結果は吉と出ている。
その現在の視点に立ち、ことの因果関係を逆転させて評するとすれば、あのとき立ち竦んだぼくの判断は、やはり誤りだったということになるのだな。

ハナコさんは、ぼくにとってこれまでの人生で一番大きな勉強をさせてくれた人なのかもしれない。

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2007年8月17日 (金)

ツクツク法師

今日も相変わらずよーく晴れて蒸し暑い。
この村からみてH川をちょっと下って、多少平地になるあたりにあるアメダス・ポイントの気温データをみると、暑い日でも最高気温はせいぜい33〜4℃。そこと比べてうちの「村」がヨリ暑いということはないだろうから、連日37〜8℃予報が出ている大阪・京都などと比べるとだいぶマシ。
関東に生活していた頃と比べてもしのぎ易い筈なのだが、それでも朝っぱらからカンカン照りでジュワジュワ汗をかいていると本当に弱り果てる。

仕事の方は、昨日に引き続きプロット間伐。
木を倒すのはとりあえず楽しいので、妙にテンションが上がる。
林内で、かなりしのぎ易い(座ってるだけならともかく、山に這い登り作業する以上さすがに涼しいとはいかない)、とはいえ今日も軽く4リットル消費。汗腺は毎日獅子奮迅の大活躍だ。


今日、この夏初めてツクツクホーシの声を聞いた。

鳴き声を聞いていると、他のセミと比べて何だか楽しげな人たちだと思う。
モノのネットに拠ると、ツクツクホーシはもっと早い時期に地上に出てきて鳴いても居るのだが、その声が他のセミの声に紛れて識別できないのだというのだが本当なのだろうか?
その事を念頭にこれまでもしばしば耳を澄ませていたのだが、彼らの声はどうしても聞き取れなかった。

とりあえず、あの声を聞くと「あぁ。夏休みの宿題をやらなくちゃ・・・」という気分になる。
こういうのもある種のトラウマなのだろうか?

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2007年8月 5日 (日)

サル発見

こちらに来て以来、あまりサルを見ないなと思っていた。

ぼくの中ではジンチョウゲ/ネム/サルスベリ/キンモクセイの4人は、常に身近にあって欲しい重要な人たちである。彼ら無しでは季節の移ろいを真に実感できない、といっても過言ではない。
で、確かにサルの居場所は主として街中の庭で、こういう山ん中に居るもんじゃないのだけど、夏にサルに遭わないというのはどうも寂しくていけない。

が、最近になってようやくそこここの家の庭でサルが赤く咲いているのを見かけるようになった。
「おや?」と思って調べてみると、サルというのは意外に咲くのが遅いようだ。
これまでは毎年、夏になってふと気付くと咲いていたので、ぼくはてっきり「百日紅」という名そのままに「夏の3ヶ月間」、7月の初めくらいから9月いっぱいまでみっちり咲くものだと思っていたのだが、実のところ彼らはどちらかというともう少し遅く、夏まっ盛りになってから咲くらしい。

和歌山地方気象台のデータでは開花の平年値が7月24日、潮岬測候所では8月5日。
最早開花日は和歌山で7月8日、潮岬では7月20日。最晩は和歌山で8月20日、潮岬だとなんと9月1日である。9月1日なんて、ほとんど夏も終わりかけじゃん!

つまり、ぼくが先日サルを見つけたのは、ちょうど開花直後だったと判断してよいようだ(たぶんこの辺の平年値にかなり近い日に)。
関東のサル状況はどうなのだろう?

街のホームセンターには庭木用のサルが以前から置いてある。
今日そのホームセンターへ行って園芸コーナーを覗いた時にも、紅のサル苗木が未開花のまま買われるのを待っていた。
今度冬になったら、家の裏の土のところの雑草を全部取り去って耕して、木を植えられるようにしよう(前の住人は小さい畑にしていたらしいのだが)。
あのサルを筆頭にして、今は鉢に窮屈な思いをさせているジンチョウゲを植え直し、ネムの種を蒔いて、キンモクセイまで4巨頭を揃えた「庭」にするのだ。

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2007年7月25日 (水)

セミ・ダブル

ここら辺りは、さすがに自然豊かな山間地だけあって、セミが元気だ。
あの人たちの声を聞いて居ると、こちらも何となく元気になる。

前の住所地と大きく違うのは、クマゼミが居ることとヒグラシが多いこと。
特にヒグラシは、向こうでは滅多に聞けることがなかったのだが、こちらでは毎日夕方になると正直うるさいくらいたくさん鳴いている。ここまでくると風情もクソもない(笑)

毎朝クマゼミの人の声を聞いていて思うのだが、実のところ彼らは暑い夏が苦手なのではないか。
朝の涼しいうちは元気よく喚く割に、少し日が高くなって気温が上がってくると、ぱったり鳴き止む。で、夕方薄暗くなり出した頃、また少しだけ鳴いて一日が終了するというのは、かなりの怠け者な生活だと思うのだが。
昼日中の暑いところを延々鳴き続け頑張っているアブラゼミを少し見習ったらどうなのだ?

ま、ともあれクマゼミの声は「夏の朝」の象徴。
京都のA楽荘に暮らした学生時代。
夏休み期間に入ると普段以上に怠惰な生活をしていたのだが、それでも毎日朝6時半には起きて「おはパソ」道上洋三を聴いていた。と、その時間帯に裏手の墓地の木々から彼らの声がシャンシャンと聞こえてくるのだ。
それがまた、このあと日中の強烈な日差しと暑さを予感させて、「図書館に行って調べものをしなきゃ〜」と思いつつ、結局下宿でゴロゴロしたまま一日を終える日々だった(笑)

あの頃と比べライフスタイルはあまりに大きく変わってしまったが、再び「おはパソ」とクマゼミに再会できたことをうれしく感じる今日この頃である。

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2007年6月29日 (金)

合歓の花

合歓の花がかなり開いてきている。
仕事で出かけるあちこちの山で、あの薄紅の睫毛のようなホワホワした花をつけた木を見かける。
沢筋にたくさん並んでたり、森の中で他の木々に紛れたりしつつ、ビックリするほど多くのネムノキに出会う。来たばかりの頃は気付かなかったのだが、花が咲いて急に浮き上がってきたのだ。
何とも良い風情だ。
デジカメがあれば写真に撮ってアップしたいところなのだが・・・。

これまで暮らしてきたところの周囲ではネムノキを見かけることがあまりなかったのだが、みるとすれば庭木に植えられている姿だったので、こんなにも多く自生するものだとは知らなかった。調べてみたらあの人たちはマメ科なので、ああ見えて意外にタフなのかもしれない。

日々の行動範囲の中で毎日あの花を見ることができるのは何となく幸せなもの。
あの人たちはどちらかというと南方の種族というイメージなので、こんなたくさんのネムさんたちと会えることも南の国紀州に暮らすことのメリットの一つと考えておくことにしよう。
まあ実際のところ、日本での自生の北限はかなり北らしいが。

こないだ種を蒔いたオジギソウ(同じネムノキ亜科に入っている)も、玄関脇に置いたプランターの中で芽吹き、小さな葉を出し始めている。まだ小さいのに、水をやるとその水滴に反応していっちょまえに葉を閉じるようになってきた。
秋になってネムノキが実を付けたら、どこぞからもいできて、近くの地面にこっそり蒔いてみようと思う。

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2007年2月26日 (月)

ダフネ

街を歩いていると、家々の軒先・庭先あちこちに沈丁花が咲いているのを見かける。
例年、寒くて辛い冬の盛りを過ぎて空気がほんの少し丸みを帯びてきた頃に漂う沈丁花の香りは、春が近付いたことに勝ち誇っているかのようだ、といつも思う。

が、今年の沈丁花からは、気持ちが沸き立つようなあの甘い匂いがあまり立ち上ってこない。ここしばらく、ぼく自身風邪気味で鼻の通りがよくないということはあるのだけど、それにしても匂わな過ぎ。いつもなら、花の存在を視認するより前にあの匂いに取り巻かれる筈なのだ。
今年はまるで騙されているような暖冬で、人間様としては日々を暮らす上で冬の辛さが少なかった分、いつもに比べて春が近付いた嬉しさがだいぶ目減りしているのだが、もしかしたら、沈丁花の人たちも同じような気分なのかもしれない。

うちの部屋にも、鉢植えの沈丁花が1人いる。
去年の5月に、「心の故郷」川口・安行の道の駅にある常設植木市で買ってきたものだ。「来春になったら、沈丁花まるごと一人占めだ!」と思って、ずっと楽しみにしてきた。
が、蕾をつけてるのに、この時期になってもまだ花が咲く気配が無い。
室内で日当たりが足りないのか? 土の水はけが良すぎたか? 葉っぱは割に元気そうだから根腐れはしてないと思うのだが・・・

まさかあの人、このまま今シーズンは咲かずに済ませてしまうつもりなのか?

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2007年1月 9日 (火)

一陽来復

冬至から2週間が経ち、ずいぶん陽が長くなった。
夕方4時半にはほとんど真っ暗という時期を越えて、5時過ぎでもまだ空に明るさが残っていることに気付くと、冬の盛りはこれからなのに、その明るさの彼方に春を遠望できるような気がして、このところ何やら妙に心が弾む。
まるで、日照時間から春を感じ始めている植物のようだ。
それとも、これが農耕民的な祝祭の感覚であろうか?

冬至を極点とする陽の死滅と、そこからの再生のイメージは人類にとって古くから馴染み深いものである。
カーニヴァルもクリスマスも、冬と春の交替を/年の・陽の・春の・植物(作物)の再生を、願い祝うもの。
丸谷才一によれば「(仮名手本)忠臣蔵」すら、そういった、悠久の太古から伝わる人類普遍の潜在的な信仰に導かれたものなのだそうだ(笑)
大星由良之助が何を考えているのかはどうでもよいのだが、カーニヴァルの爆発的な祝祭性は、自然の運行に向けられる畏れにも似た感覚の反動であるのは確かだろう。
弾けるようなカーニヴァルの身振りはまったく似合わないこの島国の人々も、その宗教観念の最も基層的な部分において自然への素朴な畏怖の念を抱いてきた筈。
農耕にも宗教儀礼にも縁のない身ながら、この国の文化風土に生まれ育ったことで、ぼくもそれを密かにに受け継いでいるのだろうか。

ま、猿時代の感覚の名残りで尾てい骨がムズムズするくらいだから、人間になってからいだかれるようになった祝祭感覚を、今のぼくが受け継いでてもまったく不思議ではないわな。

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2006年11月23日 (木)

散歩

夏以来、休日の午後は一人でふらっふらと近所をうろつくのが定番となっている。
ちんたらとチャリを漕ぐこともあれば、とぼとぼと散歩のこともあるのだが、空模様を眺めた結果、今日の気分は徒歩。

1時半頃家を出て、休日稼動のATMでガス代を払い込むため、まずは集配郵便局へ。
その後、普段チャリでは入り込まない路地をあちこち歩きつつ、4時半過ぎまで、3時間ほどの散歩。
だいぶ寒くなったのは確かだが、湿度がそこそこあるので歩いているとさほどのことはない。

途中、社林が「極相林」を形成しているという某神社の近くを通った。
市街地に近いので規模は小さいながらも、いわゆる「里山」とは違う自然林なのだそうだ。
常緑樹が多く、全体として林の色彩は暗い緑。
この辺りの自然条件に最適化した植生が、おもに常緑樹というのは少し意外な気もするのだが、考えてみれば、つまり落葉広葉樹というのは人の手によって整えられた里山のシンボルなのだと考えれば腑に落ちる。
そう思って、改めて別の林を見ると、とりどりに色付いた落葉広葉樹。
ともあれ、晩秋の重たい曇り空に、紅葉は意外なほどよく映えていた。

ラジオを聴きながら一人でぶらぶら、あてもなく延々と散歩をして、晩秋の早い夕暮れがら逃げるように家に帰る。
気が付けば10年前とまったく変わらない生活スタイルに戻っていることに、われながらニガ笑ったが、自分にとってはこれが快適なのかも知れない。

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2006年10月 1日 (日)

憂秋

今日は一日中屍状態。
二度寝して目覚めると12時前、三度寝して目覚めた時には既に4時過ぎ。
いったいどうしちまったんだ?、という気分。

理由もなく憂鬱で、身体が動かない。
毎年のことながら、秋は死滅する季節。

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2006年9月20日 (水)

金木犀の世界

朝、出勤の途中、ある住宅街の中で自転車を走らせている時のこと。
何気なく角を曲ったところ、急に胸の奥がジュワ−っととろけるような甘い感覚に襲われた。
何だろう?と思って意識を巡らせてみると、辺りにはかすかに金木犀の香りが漂っているのだ。
夕方、その香りは既に、帰り道のそこかしこに満ち始め、その香りに酔いしれて、思わずぼんやりと立ち尽くすひととき。
カラッと乾いて高く澄み切った空と、穏やかな、それでいて妙に明るい日射しにとてもよく似合う香り。
秋は寂しくて嫌いなのだが、これがあるのが救いだ。

春先の沈丁花や、この秋口の金木犀は、「世界」をその香りで染め上げ、季節の変わり目を知らせてくれる。その、生命の息吹に満ちた柔らかな香りに接すると、何やら居ても立ってもいられないような気分にとらわれ、不思議に心が沸き立つのだ。人の世のあらゆる雑事を離れて、その香りの世界の中に溶け込んでいってしまいたい衝動を感じる。。

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2006年8月21日 (月)

秋の気配

朝、アパートの階段に蝉がひっくり返っていた。
仰向けになり、「もうダメ・・・」といった風情。
なに蝉だろう?と、屈んで覗き込むと、彼は危機を感じたのか、ハッと起き直りジジジジと声を上げながら、人の顔を掠めて飛び去って行った。
今朝の彼はまだ少し命を保つかも知れないが、いずれにしてもあの人びとの季節もそろそろ終わり。
彼等には何か強いシンパシーを覚える。
彼等と同じく、ぼくも、夏という季節にこそ生きていられる質なのだ。
目も眩むようなカンカン照りの日射し、耳を聾する蝉の声、居ても立ってもいられないような蒸し暑い夜。
汗をダバダバかきながら、えも言われぬ幸福感(というより生きている実感)を覚える。
むせ返るような生命の息吹に満ちた亜熱帯アジア、万歳。

今年は、本当にどうにも凌ぎようのないという暑さには見舞われることがないまま、夏を終えてしまうような気がする。

朝、出勤の自転車で夏が終わり秋が近付く気配を感じた。
日射しには強烈に照りつける激しさがなく、空気にもドロッとした重さがなくなってきている。気温計は27度を示してるのに、あまり暑さを感じないのだ。
帰路には、夕暮れの草むらからコオロギの声が聞こえていた。夜、この時間には夜風がとても涼しく感じられる。

何やら寂しいような、心細いような、それでいて気が急くような、微妙な心持ちになる。

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