2009年6月20日 (土)

恒例! 季節の話題

今年もネムの花が咲いた。
先週の日曜だったか、H川沿いの県道を下に向けて走っていた時に初見。
その後川縁を主としてあちこちの梢に、あの、ふわふわとした薄紅色の花弁が見え隠れする。
やっぱりあれは美しい。

ネムの木自体、日本列島のうち暖温帯においてまったく珍しいものでないことを、今となっては当たり前のこととして理解しているのだが、ぼくにとってはこの地に来るまでほとんど身近にない植物だったことがあるので、そこいら中にあの花が咲いているのを見るにつけ、この地に住み、自然の営みの近くで暮らせることを、未だ身に余る幸せと感じてしまう。

ところで、今年はネムの開花に気づいたのが昨年より少し早い時期な気がする。
空梅雨でやや気温が高めで推移しているせいなのか、それとも単に昨年は気づくのが遅かっただけなのか?
ついでに、こころなしか紅色が濃いような気がするのだが・・・。

今年の新たな発見は、ミズキ。
クマノミズキなのかもしれないが、川沿いなどをよ〜くみて行くと、白というか淡いクリーム色というか、そういう花が棚状の枝葉の上に咲いているのを、今年は確認することができた。
というより、なんで昨年は気づかなかったんだろう?
ひょっとして、なにか勘違いしてるんだろうか?
いや〜、あれはミズキっぽいよな?

P.S.
ひぐらしも今日の夕方、鳴いてました。
初観測ですな。
いよいよひぐらしの鳴く頃になりますた。

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2009年3月15日 (日)

嗚呼、愛しの青林檎

我が愛機Power Macintosh G3 B&W
愛称はポリたんw
OSX10.3.9と9.2.2のデュアルブート。

最初の出会いは、2年前の晩冬
秋葉祖父地図にて。
見かけた瞬間に「買い!」と決めた。

450MHzCPUを搭載した、B&Wの中でも最後発のモデル。
後から中を開けてみて判ったのだが、実はこの人、単に最速クロックモデルなだけではなく、G3 SERVERだったのだ。
発売時の価格は60うん万円とか。
すごいぞポリたん。
ぼくの購入価格は8800円!!w

それだけで、最高に素敵なマシンであった。

が、使うにつれ愛しさが募り、ここ半年余り、このポリたんを強化するのがぼくの唯一の趣味であった。
買ったものは以下のとおり。

物理メモリは、スロット4つすべてを使用し、計896MB。
PC133/256×4でMAXの1Gになるはずが、ひとつだけ相性が悪くて128にしか認識してくれず、その分目減り。

ATAカードを挿して(AEC6280M)、HDDを160GB(HITACHI)に換装。
が、このATAカード越しではどうやっても単体OS9.2が起動しないことが判明。
どうしてもデュアルブートにしたかったので、急遽元のSCSIカードを戻して、古いSEAGATE HDを据えなおして単体起動用の9.2を入れた。
HITACHIにはパンサーとクラシック用9,2を入れてある。
とりあえず、容量がいきなり9から169になったものだから、スッカスカである。

PCIグラフィックカードも入れ替え(RADEON7000 for Mac)。
16MBから32MBに。

CPUドーターボードも差し替え。
G3・450Mから、Sonnet EncoreG4・1Gに。
この時もファームウェアがインストールできなくてかなり苦労した。

これにOS。
鉄人に譲ってもらったパンサーと、クラシック導入用の9.2。

さしあたり、技術的に簡単な強化策に対しては惜しまず投資してきた、といえるだろう。
ざっくり計算してみると、本体と合わせて出費は約10万円・・・、なのだがな、既に・・・orz

ともあれ、その甲斐あって、かなり気持ちの良い上質なマックになった。
こんな素晴らしいPCは他に無いぞよ。

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2009年3月 6日 (金)

世紀の駄作 パート2

雨休業のため、街に降りて、大々的なキャンペーンの割にはたいして話題になってない映画『20世紀少年』の第2部をようやく観に行った。
クソ映画であることは第1作を観る前から予想していたし、その予想も見事に当たったのだけど、コミックを思い切り楽しんだこともあるし、乗りかかった船ということで妙な意地をはって全作観通してやろうと思うのであった。で、そのあまり積極的でない気分の現れが、この公開終了間際の駆け込みなのだが。

平日午後ということもあって街の映画館(シネコン)はガラガラ。
160席ある映写室には、ぼくの他はカップルが1組だけ。
大丈夫か?、どころではないなw

映画そのものは、相変わらずクソ。
仕方のないことだが、浦沢の説得力ありすぎな画に比べて実写としてのチャチさはやっぱりいかんともし難い。
枠に収めるためストーリーをごっそり端折る所為もあるのだが、立ち現れる人物がそれぞれに抱く執念や悲哀がまるっきり抜けてしまって(モンちゃん然り、サダキヨ然り、ヤマネ然り)、原作を知っているものならともかく、知らない場合そこを埋め合わせるために大変な文学的想像力を必要とするのではないか。

とはいえ、第1部よりも大胆に展開を変更してあったので、原作との落差からくるガッカリ度は、前作に比べてまだ多少マシだったかもしれず。
原作では連載中の成り行きでメチャクチャになっていったと思われる、ストーリーラインを整序して再構築できていたのはメリットか。

登場人物としては、今回は「小泉響子」が大ヒット。
とりあえず、すごくよかった。
あれは確かに原作に負けない魅力と、充分な説得力をもった人物像を表現できていた。
「ま、単純なキャラだからね」といってしまえばそれまでなのだが・・・。

時を経て姿を変えたマルオとヨシツネも、初めのノーマルな姿よりはそれぞれ納得のいく立ち姿になってきた。
一方で、ユキジとオッチョの「美」組は次第にダメになってきてるな、やっぱり。

今作で最大の「ダメ」はカンナ。
「凛々しい、強く張り詰めた表情」の一点張りで他に何の含みも表現できてない。常に心を閉ざし、ともすれば陰鬱な、つまらないキャラに成り下がっている。氷の女王になる前までのカンナがもっていた明るさ、しなやかさの欠片すらない。
監督は、そして演じた奴は、原作でカンナがなぜああいう画姿なのかを、わかっているのか?

次は8月くらいだとか。
どうまとめるのか、最後までお付き合いしてみよう。

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2008年12月24日 (水)

『その日のまえに』

重松清『その日のまえに』を読んだ。

いつもながらのマツキヨ。
どれもみな、しんみりと心にしみる美しいお話だった。
しかも、「癌=不治の病」と「死」をめぐる、いくつかのストーリーを寄せただけの、連関性のないオムニバスかと思いきや、読み進むうちにそれぞれの登場人物たちがあちらこちらで交差する連作小説になっていく。

すばらしいストーリテラー。
手練というべき。

なのだが。

この人の作品を既に結構いろいろ読んできた今となってみれば、この小説はちょっと過剰に「ベタ」な気もちょっとした。
特にやや興ざめなのは、映画「ゴースト」系の降臨者がたびたび現れること。
この手法が素晴らしかったのは、『流星ワゴン』だが、あまり多用するのはちょっとどうかと思う。
駅前のギター弾きといい、「駅長くん」といい、それが登場人物たちの目の前に、特別な啓示として現れることの、ドラマとしての意味や美しさは、よくわかる。
でも、ちょっと、あざとい。
ぼくなどにとっては、そんなものが現れてしまっては逆に、そこにある切実な哀しさを、自分の身に引き当てにくくなる。

あざとい、と言えば、一見無関係なストーリー群を一つながりのものにまとめるあのやり方も、ちょっと化粧が濃過ぎな感がある。
「別に、わざわざそうせんでも・・・」と思う。
一つ一つのお話として完結させておいて、余韻として残す。
「その後」は読者個々の思いに任せる。
で良かったんではないかと。

良いお話なのは間違いないのだが、マツキヨ慣れしてしまったためなのか、そんなこんなで、なんとなく無心に酔いしれることのできない一冊だった。

ところで。
「和美」から夫への、たった一行だけの「手紙」の言葉。
あのネタをぼくは、どこか(何か)別のところで読むか視るかしてる気がして仕方がない。一体何だろう?
ぼく自身の傾向と、あの一言が含むニュアンスからすると、阿刀田高あたりの短編あたりに出てきたんではないかという気がするんだが・・・。

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2008年12月21日 (日)

ポリたん雑記

ポリたんのHDをようやっと換装した。
夏過ぎに通販で内装HDDをATAカードとセットで買い、秋口には鉄人にパンサを譲ってもらい、準備はずいぶん前に整っては居たのだが、こんな時期になってしまった。

もともと中古で買ったときからHDDがカリカリといやな音を立てていたポリたん。
いずれは入れ替えないといけないと思っていたのだが、当初はOSが手元に無いし、パソの中をいじるのはほとんど経験ないしで、延び延びになっていた。

ヒタティ製160G/HDDが届いた当日、一度開けてスレイブとして繋いでみたのだが、そのときには従来のHDDとの兼ね合いをどうするかに迷って、結局そのまま店晒しに。

今回はOSもあることだし、古い9GBHDD×2はあっさりと撤去。
ヒタティをマスターにして奴隷解放宣言!
事実上ポリたん内のデータは廃棄。消滅してしまうと復活しないのはオフィスぐらいなのだが、前回ヒタティにパーティションをつけて中身を移しておいたので、それもそのまま移転。

ファンの「ブォワァー」という音はあるにしても、HDDの「キュキュー、キャリキャリキャリ」という痛々しい音はしなくなり、実に静謐。動作も良いような気がする。

別に大したことはしていないのだが、こうして何度か筐開けてみると、もっといろいろやってみたい気もしてくるw。
とりあえず、これでHD容量は激増(中身はスカスカ)だから、DVDコンボドライヴでも載せてやろうか。
G3/450MHzには動画処理の力無いかな~。
んー、でもその前に最後のスロットにメモリをもう一枚挿すとしよう。

しかし、今になって見ると、HD内のパーティションが微妙に邪魔な気がする。
調べてみるとこれが消せないのだな。
自分で意図的にそうしたのかどうか憶えていないのだが、容量真っ二つだし。
まっさらに戻して、も一回インストールしなおそうか・・・。

久しぶりに触ったsafariが、なぜかあまりしっくりこない。
以前使っていたときは「これこそ最強のブラウザ」だと思っていたのだが。
火だるま狐に慣れすぎたのかな。

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2008年10月 8日 (水)

Road to 秋

このところ、秋モード全開である。


先月の10日、「村」の動脈県道のK峠でヒガンバナを初見。
もうそんな季節か~、と思ったのも束の間。
翌週の台風が明けた途端、うちの辺りは一気に秋全開になった。

朝晩が涼しい、つーか寒い。
昼間仕事してても水分要らない。もしものために持ってく2Lのうち、1L持って帰ってくる状態。


トンボは激しく飛び交い、蜘蛛はそこいらじゅう盛大に巣を張ってる。
山々のあちこちに、まるで赤く花が咲いてるかのように黄櫨が色づいてる。

そして、先週末にはついにキンモクセイの初香がキターーーー!!

ああ秋だぁ~。
なにやらすっかり脱力の毎日である。

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2008年9月21日 (日)

阪神終了

さよなら
阪神

さよなら
ウンコ馬鹿大王

これまで数年間、あの輝かしい「中継ぎ労働課」の記憶とともに
わたくしにとってほとんど萌える要素のないあなた方を応援してきましたが
今日、やっとそのを未練を振り払うすることができそうです

吉野は既にバファローズに居ますし
桟原はここ数年見たことがないですし
唯一の心の支え、ジェフ課長もおそらく来年は解雇となるでしょうから
「わたくし的・新・中継ぎ労働課」の面々を応援することも
完全にできなくなります
もう何も思い残すことはありません
これからは、単なる「どちらかといえば好きなチーム」として
生暖かく見守りたいと思います

あなた方のおかげで、わたしはこの10年あまり
感情の起伏に満ちた日々を送ることができました
とりあえず、ありがとう

さようなら

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2008年9月16日 (火)

世紀の駄作

雨で仕事が休みだったので、街へ映画を観に行った。

今をときめく漫画界の重鎮・浦沢直樹原作で、日テレと小学館が大々的にキャンペインを張ってアピールするこの夏の話題作「20世紀少年」。

予想に違わず(いや、それ以上に)見事な駄作。
原作を漫画で読んだ人間にとっては、不思議なまでに説得力のない映像のちゃちさと、俳優(特に子ども)の大根っぷりにげんなりさせられること請け合い。
それ以上に問題なのは、ストーリーの展開の仕方があまりにもずさんなこと。
これでは、原作を知らない人が観た場合、話の流れの必然性や登場人物それぞれの人となりや立ち位置が全く解らないのではないか?
原作では、ケンヂはもちろん、オッチョにもヨシツネにもユキジにもキリコにも(それ以外の人物にも適宜)それぞれ、その人が生きる姿をありありと感じさせるエピソードが織り込まれつつ話が進むのだが、それが故「無駄に長い」この話を3部作の映画に仕立て直すのだから、多少あちこちを端折るのは仕方ない。
にしても・・・、例えば神様も万丈目もいきなり現れ、何の説明もなくよく解らない存在のままいつの間にか中心人物群の1人になっている。違和感あり過ぎ。
もっとも浦沢直樹という人自体が「短い射程の中で」綿密に構成を組み上げ、魔法のように読者をリードし作品世界へ引きずり込む名手(1つ1つの話、もしくは1つ1つのシーンという小プロットで読者を魅了する手腕はまさに神業だが、反面それらを大きく括る大プロットの構成力があまりにもお粗末)なので、この「映画」では、それとの対比に於いて余計に、ストーリーの提示の仕方がずさんに感じられてしまう面はあるのだが・・・。

面白かったのは、ヤン坊マー坊。
子ども役も大人役もかなり決まっていた。
配役的には他にも、ドンキーが悪くない。
ユキジもオッチョもさすがに「見栄え」だけはする。
が、それ以外の登場人物については。原作のデザインを意識するあまりに単なる「コスプレ」になってしまっているというのが事実。

いずれにしても、映画としては同好会or余興レベル。
てゆーか、原作がある意味で余りによく出来過ぎてるんだな、これ。

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2008年8月 2日 (土)

聞き初め

夕方、組合で屯していた時、今季初めてツクツクホーシの楽しげな声を聞いた。

これまでのところ今年は去年の夏よりなんとなくしのぎ易くて、ついうかうかしていたのだが、気が付いてみればもう8月なのだ。

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2008年7月28日 (月)

明治は遠くなりにけり

26日の土曜夕刻。
伯父・嘉明治が亡くなった。享年79。

彼は昭和3年11月3日生まれ。
知らない人も多いと思うが、今「文化の日」となっているこの日は、戦前まで「明治節」であった。
明治天皇・睦仁の誕生日である。
ゴリゴリの右翼だったらしい祖父・繁太郎は、その日に生まれた自分の四男を「明治を嘉(よみ)する」と名づけた。
ちなみに、戦中生まれの我が父(末っ子)の名は、まんま「勝男」である。

日曜と月曜とで通夜と告別式があるため、近所総出の草刈を急遽欠席させてもらい、帰省。
伯母や従兄弟と久しぶりに会った。
親戚付合いは非常に粗略にしてきたぼくであるが、今回ばかりは(年のせいかw)その顔ぶれを何やら妙に懐かしくも感じ、また同時に嘉明治氏がその席に居ないことに、なんとなく違和感を感じた。

前々から気づいていたことなのだが、この先遠からぬうちに、今のぼくらの苗字を名告る者というのは、近縁者のうちにぼく自身以外居なくなるのだな。
ま、どうでもいいことだが。

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2008年7月14日 (月)

可処分所得は・・・

最近、またもやネット通販にハマっている。

まずはKP入党記念として、レーニンをプリントしたTシャツとポロシャツ。
レーニン像が、あの「笑うレーニン」じゃないのが少々残念なのだが、結構強烈なデザインで、とりあえずはまずまずのシロモノ。
2着合わせて6,800円なり。

つづいてネット古書店で服部之総の『蓮如』(新書版)を購入。
1,200円。
10年越しの狙いモノだった。
学生時代に『親鸞ノート』(全集から全文コピー)を読んで、その、いかにも「戦前マルキスト」っぽい情緒的なロマンティシズムに魅了されて以来、服部は好みの歴史家なのだが、これまで彼の著作はほとんど買ったことがなかった。
本願寺に関係のある人物の場合、「蓮如」をどのように描き、どのような評価を下すかで、その人物の志向性が明らかになるので、楽しみである。

さらには自転車。
ガソリン高騰の、このご時世。
これからはなんつっても自転車だぜ。
どこに出るにも通らなければならない峠道に対応するため、21段変速の27型ATBを選んだ。
プライヴェイトブランド商品。
製造は@チャイナ。
本体価格28,000円弱。

アルミフレームで、重量は13キロくらい。
確かに軽い。
・・・が、こんな粗い溶接、見たことないぞ。
コストパフォーマンスはまずまずだろう。
ちなみに、防犯登録は「大阪吹田」w。

凄い浪費だ。
嗚呼、独身貴族w

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2008年7月 8日 (火)

やる大矢

2ちゃんの「やる大矢」スレにズボリとハマった。

いにしえのオリックスに始まる「強すぎ」ネタを受け継ぐ、「横浜強すぎ」スレも笑えて笑えてしょうがないのだが、
やる大矢は、なんだかもうパラダイスw
こんなに楽しい野球を見せてくれるのなら、いっそのこと横浜ファソになってしまおうか。

 i  {              ____           |  ヽ
 i  i           /__,  , ‐-\           i   }
 |   i         /=⊂⊃=⊂⊃=\       {、  λ
 ト-┤.      /    (__人__)    \    ,ノ  ̄ ,!
 i   ゝ、_     |     ´ ̄`       | ,. '´ハ   ,!
. ヽ、    `` 、,__\              /" \  ヽ/
   \ノ ノ   ハ ̄r/:::r―--―/::7   ノ    /
       ヽ.      ヽ::〈; . '::. :' |::/   /   ,. "
        `ー 、    \ヽ::. ;:::|/     r'"
     / ̄二二二二二二二二二二二二二二二二ヽ
     | 答 |      ネタ球団マンセー!!   │|
     \_二二二二二二二二二二二二二二二二ノ


AA、ちゃんと出るかな?

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2008年7月 6日 (日)

「青年」でいいのか?

パルタイの「H郡青年支部」の集まり、とやらで、町議のH氏宅へ。

参加者は6人w。
郡全域だろ?
内訳は、新入りのぼくとT木君。
町議H氏の娘(笑えるくらい母親似)。
隣市の市議の子、K本姉弟。
名前忘れた「支部長」の姉ちゃん。

皆20台。
俺、居ていいのか?

パルタイの宣伝ヴィデオを観て、雑談。
のどかなもんだ。

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2008年7月 3日 (木)

夏が来た!!

ここら辺に住んでいると、季節の移り変わりがダイナミック過ぎて、つまり四季折々に「自然の」・「山の」生態があまりにも大胆に五感を直撃するので、妙なことだが、逆に、そういうことに鈍感になる。
いや、「鈍感になる」というよりも、四季の移ろいとその風物に関してわざわざ言揚げしなくなる、と言った方が正確なのかもしれない。

とりあえず、ぼくにとって重要なことは、先月の下旬からあのネムの人たちが花をつけ、今もまだ、そこいら中で咲き誇っている。
とにかくこの辺り、ネムの人たちの栄えぶりったら、もう、凄い凄い。

夏と言えばもうひとつ、忘れてならないのがセミ。
やつらも、まずニイニイゼミが鳴き始めたと思ったら、後を追うようにヒグラシまで出現。
ヒグラシってこんな早いかったっけ?と訝しんだのだが、鳴いているのだから認めざるを得ない。
もうちょっとしたら「真打」、クマゼミ御大が登場するだろう。
まあ、こないだそれっぽいのを聞いた気がするので、もう出て来てるのかもしれないが。

気をつけてチェックしていかないと、いつ頃何が出てくるのかがよくわからなくなるので、今度からは何か自然観察ノートでもつけてみよう、と思う今日この頃であった。Jt100003

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2008年6月24日 (火)

wake up!!

ゆうちうぶというのはどうも困る。
近頃はなぜか微妙に音楽系、歌や歌手の動画(というより音声)を観る(というより聴く)事が多いのだが、ちらちら観漁っていると、欲しいモノがどんどん増えてきてしまうのだ。

前回はノーランズだったが、今回は「ジョージー・ガール」のシーカーズ。
いろんな映像を観て歌を聴くにつけ、どれもこれもいい雰囲気。
全般にPPMとかなりかぶる存在だが、ぼくはこの世代・時代のカラーそのものが好きなようだ。
が、シーカーズのベストアルバムは現在絶版。
オークションなんかではかなりの高値がついているようで、さすがにそこまで手を出す気はないのだが、かなり惹かれ居る。

「ジョージー・ガール」、やっぱ、いいよね。
曲自体も、ジュディスの歌声もいいけど、歌詞がいいんだ、これ。
なんか見据える先に明るさがあって。

主役は、大柄でもっさりと見映えのしない、愛すべき「ジョージー」。
明るくさわやか。かつ、どことなくコミカルな歌だが、この歌の詞は、

「あなたの内側には、「新しい」別の自分が眠っているんだよ。さあ、それを目覚めさせ、立ち上がりなさい」

というメッセージである。
「come on!!」「wake up!!」と繰り返しつつ遠ざかっていくこの短い歌を聞くと、何か気持ちが明るく前向きになる。
今、このわれわれの時代となってみれば、「どこの胡散臭い新興宗教だ?」という感じのフレーズだが、こんな素朴な人間への、というより人生への信頼感というのが、ぼくにはとても慕わしい。

願わくばわれわれの生が、信頼と享受に値するものであらんことを。

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2008年6月22日 (日)

大丈夫なのか?

パルタイの「H(町)支部」の集まり、とかいうことで、隣村の公民館に行った。
おっさん、おばはん10数名。

新メンバーとして紹介を受けるのは、ぼくと、去年の面談会で見知って以来、なにやらやたらと縁がある、「頼りないにも程がある」青年、T君。
彼の存在は前から聞いてはいたものの、まさか彼と、このような形で近い間柄になるとは・・・。

彼はこの春学校を終え、念願叶ってめでたく隣村の大組合に入ったのだが、果たしてこの先無事やっていけるのだろうか?
話していると、なんと言うか、いかにも世間を知らない。
もう少し「生きていくということ」の実態が見えないものか、と、もどかしく思う(逆に、その実態がよくわかるがゆえに、彼と同世代のある連中はニーツになる)。
そんな彼が学校を出ていきなり僻遠の地の山深い小村に暮らし、世間とはだいぶずれた生活感覚を維持する山仕事に従事する。

しかも彼は以前からのパルタイ人である(それでいて、マルクスはまるっきり知らないらしい。まったくお話にも何にもなりゃしない)。
ぼくが彼の身構えに感じる違和感は、意外とそんな彼の来歴にあるような気がしないでもない。
極言すれば、ただ座して居れば、「国家」(周囲)が自動的に生活の形を準備し、保証してくれる(「はず」もしくは「べき」)とでも思っているのではないか、と訝ってしまう。
そんなもんじゃないだろーよ。
どうでもよいことながら、彼の今後のことが心配ではある(まったく、ぼくも「老いたな、父上」だぞw)。

ぼくは確かにマルクスもレーニンも好きだし、政治上の判断は間違いなく左巻きで出ているのだが、やはりぼくの感性はハイエキアン的なもののようだ。

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2008年6月15日 (日)

イニシエーション

午後、パルタイの町議H氏が来訪。
にこやかだが、なぜか微妙に感じの悪いおっさんと二人連れ。
入党の勧誘とのこと。
世間話的にいろいろ話をし(身上調査というわけだな)、微妙に気乗りしないままながらも結局申込書を書くことにした。
まあ、もともと、H氏に対しては、そのパルタイの人らしからぬのどやかさに好感を抱いていたし、今後とももろもろ含めてよい付き合いをしていこうと思っているので、これもよい機会かもしれない。

それにしても、ハイエキアンにして共産党員とはこれ如何に?(笑)

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2008年6月 8日 (日)

ノーランズ!

最近、ノーランズにハマった。
というか、「ダンシングシスター」にハマったという方が正確か。
ユウチウブでヒット当時のコンサート映像や、昨年アメリカだかイギリスだかのTVショーに「懐かしの・・・」的なノリで出た際の映像やらを観漁った挙げ句、ヴィデオクリップDVDを買ってしまった。

日本では、多分に一発屋的なグループだったのかもしれないが、確かに少なくとも「ダンシングシスター」は秀逸。
ちょっと前にお爺さんの携帯会社が、CMに敢えてこの曲を取り上げたのも納得がいく。
極めてシンプル。
何やら楽しく、気持ちが沸き立つ。
バーニーのパワフルな声が気持ちいい!

でも五人の姉妹の中で誰が好きかと言われれば、ぼくはやっぱりアンだろうなと思う。
長女で、当時から老けキャラだったのはあるのだろうけど、去年の映像で妹たちが跡形もなくオバハンになっていたのに比して、アンだけはほとんど当時のまま。
それにしても、2chなどで、ヒット当時を回想する人々が「コリーンが可愛かった」と言うのが、ぼくにはどうにも理解できない。
これを以てしてもひとつハッキリするのは、ぼくには強力に「キシリア様ライン」という萌え基準があり、コリーンを良いと感じるような「妹萌え」感性は、まさにその対極にあるのだろうw

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2008年3月11日 (火)

スーギ氏

15キロほど川下にあるアメダス観測点の気温データをみると、今日14時には19.7℃。
見渡す山々にはうすぼんやりと春霞がかかり湿度もかなりあった様子。
辺りのスギはすっかり枝を黄色くして、完全に発情モード。
こりゃ花粉が相当飛んでるだろうなと思うのだが、幸い目も鼻も何ともない。
とりあえず今年もスギ花粉は無事クリアしたようなので、ひとまず安心だが、去年のちょっとした経験から、ぼくの場合アレルギー出るとすればスギよりヒノキなのではないかと勘ぐっているので、まだ油断はできない。

ちなみに、スギとヒノキはしばしば一括りにして扱われてるし、立ち木をみてそれぞれ識別できない人も意外に多いのじゃないかと思うが、実は結構、というか葉や幹ぶりの見た目も、材の質も匂いも全然違う。
だから、ちょっと見慣れれば遠目に見ただけでその山にスギとヒノキのどちらが植えられてるのか、すぐわかる。
その辺の話はまた今度。

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2008年3月 9日 (日)

植樹イヴェント

今日は、先日から「地拵え→ネット張り」に大わらわだったヒガシタニで植栽のイベント。
ということ出勤。そういや、ここんとこ日曜に休んだことがないなw
朝から苗木やクワなどの道具を現地へ運ぶ。

来ているのはどこぞの自然保護ヴォランティア団体らしい。総勢16名様。
10時頃からぼちぼちと始め、途中、伊予柑が配られてのんびり座り込む休憩を挟みつつ、昼過ぎに記念の標柱を立てて作業は終了。その後、村中心部の観光施設?に移動してトンカツ定食で昼飯。この事業には「森林保護」名目の税金やら、企業からの献金が結構注ぎ込まれてるらしいんだが、この飯もそっから出てるんだろな。

それでも6段ほどの植栽地にクヌギとヤマザクラが計800本植わったのだが、たった6段つったら10数町あるこの伐採跡の禿げ山にとっちゃ何分の一よ?

しかも・・・、ちゃんと植わってねえっすよ orz
根っこ浮きまくり。
これじゃ苗木としても生きてくのが辛いよ。
ただでさえ石ゴロゴロで急傾斜なこの場所。
クヌギとかの穏やかな地面が好きな広葉樹には厳しい環境なんだから、せめてしっかり地面を掘って放り込んでやろうよ。
やつらも生あるものとして精一杯生きようとしてるんだから、その命を尊重してやろうよ。
まあ、地面が固くて小さいクワではなかなかしっかり掘れないのはわかるけどさ。

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2008年3月 5日 (水)

防人フェンス

組合仕事で、「ヒガシタニ」というところの植栽予定地の周囲にフェンスを張りに行きはじめた。せっかく苗を植えたところに、シカだのイノシシ・ウサギがひょいひょいとやって来て、美味しくいただかれてしまわないようにする「防獣フェンス」である。

で、本題。
このヒガシタニというところは、うちの村では今やちょっと珍しい「皆伐」跡地である。スギ・ヒノキが植えてあったのを何年か前に全部伐り出して素っ裸にしてしまった状態なのだ。
元から岩ゴロゴロな山だったらしいのだが、禿げ山になって表土が流出したのもあって、かなり殺伐とした風景。
そういうところを緑の山に蘇らそうというのが今回の事業の趣旨らしいのだが、あんなところにクヌギだのサクラだのが根付くのかどうか・・・。
まあ、この事業そのものはどうでも良い話なので、脇におく。

こういう伐採や、山土崩壊・山火事で植生が大きく攪乱された後の、植物にとって落ち着きにくい荒れ地(舗装道路沿いなんかは恒常的な荒れ地ということになる)に最初に生えてくるヤツらを先駆性の植物という。
このフロンティアたちは、他の植物が定着できないような荒れ地に取り付き、自分らの楽園を作ろうと世代を交替しながらだんだん足元が良くなってきたところで他の(より大きな背丈になる)植物に入り込まれて頭を抑えられ、結局自分らは住みづらくなってしまう、という、労多くしてなんとなく虚しい役回りを果たしている。
で、これが今日のポイントなのだが、こいつらはどういう訳かかなりの確率で強烈なトゲを備えてガッチリと武装している。

ヒガシタニは、単に伐採跡地というだけでなく特に土味の少ない岩ゴロゴロな山なので、その分植物にとってはより不快な場所。重武装したフロンティアたちにとっては格好の活躍エリア。
以前ここに測量にきた際のこと。ヒガシタニには林道が通っているのだが、その法面を山側に上がろうとすると、行く手にはまるで山への立ち入りを拒むかのように盛大なイバラの群落が。繁茂したジャケツイバラの凶悪な突撃にあって、ズボンはビリビリ・手足はトゲ刺しだらけの血まみれという酷いことになった。

ぼくにとって山の師であるS藤師は、常々「山には意思がある」と宣うのだが、この時ばかりは本当にその言葉が腑に落ちた。
山は、荒らされるとイバラのフェンスを張り巡らし、いっとき動物の立ち入りを拒む。で、草本から低木、さらに高木、と定着する植物が増え、植生が動物による攪乱に耐えられるようになってくると、「さあ、もう入ってもいいよ」とばかりにフェンスを取り払い再びその恵みを動物に分け与えるようになる。
そこで行われているのはただ光を求める植物種同士の生存競争ではあるのだが、山トータルのメカニズムとして考えてみると、思わずそんな擬人化をしてみたくなるような、精妙な仕組みなのだ。

それにしても、ジャケツイバラはなぜあんなに凶悪なのだろう?
動物を捕まえて獲って食おうというのじゃあるまいし、何もトゲに「かえし」まで付けなくても良いだろうにw


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2008年3月 3日 (月)

ジン花開く

部屋の前に無造作に置いてある鉢植えの沈丁花。
こいつのことは「ジン」と呼んでいるのだが、実にタフで健気なヤツである。
水やりを忘れて土がカラカラになったまましばらく放置されたり、足元には雑草が伸び放題だったり、そりゃもうひどい扱われ方。
が、そんな非道い待遇にも負けず、このジンは冬の間に着々と蕾を膨らませ続け、今日ついに最初の花を開かせていた。

鉢に近付くとフワ〜っと漂う匂い。
ああ、春が来るんだ。

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2008年3月 1日 (土)

サル智慧

「言われてみれば」「考えてみれば」当たり前のことながら、日々ぼんやりと生きていると気付かぬままで居ることになるような事柄というのは意外に多い。
組合で飼っているお猿ことOK氏(元班長)が極めて聴取困難な紀州言葉で語っていた「山の仕組み」の話は、ぼくにとってまさに、そんな「目からウロコ」な話だった。

まず、その辺にある「普通の山」の姿を思い浮かべていただきたい。急いで言っておくが、ここで、間違っても富士山の山容はイメージしないこと。
一般に、山というものは円満な形をしてはいない。つまり、幼稚園児が砂場で作る山、「すり鉢をひっくり返したような」形のそれではない、ということだ。だからこそ、逆にそんな形の山があると「神奈備」として崇敬の対象になってきた訳だが、それは今はどうでも良い話。
「山の形」というのは、それを模式的に表現するなら、「分厚いヒトデ」みたいなものになる。
ひとつの頂上があれば、それに向かう丘筋がいくつかあって、そのあいまには谷が深く切れ込んでいる。ヒトデで言えば触手が丘筋に当たる訳だ。
で、本題。
ザックリ言って、丘筋は岩盤質で地面が固いのだ。
それに対して、谷あいは赤土などの柔らかい地盤であることが多いのだ。
言われてみればその通り。地質はもとより植生だって違う。

考えてみれば当然のこと。
もともとは、それこそ「子どもが砂場で作るような」円満な山であったものが、岩盤で固い部分が浸食に抗して丘筋として残り、「土」質のところがえぐられ谷になり今に至っている、というだけの話。
でも、ぼんやりしていては、山の中を歩き回っていてすら気付かないこと。
実際大した話ではないし、当人にとってみれば語るに値しないようなことなのだろうが、聞く側にとっては「そうだったのか!」という驚きに満ちた話だった。

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2007年10月13日 (土)

温泉法による温泉

ここ最近、「疲れていた」「忙しかった」「遊び歩いていた」などの理由で、ず〜っと日録をさぼり続けていたのだが、このまま放置していると2度と書かなくなってしまいかねないので、とりあえず再開しておこう。

筋工は500mのうち450m強できてきている。
残りはたったの2500mさ orz
材を担いで運び、クワと木槌を振って木柵をしつらえるという作業を連日続けてるため、肩と腰がバリバリ。

このところ毎日1時間風呂に浸かり温浴療法を実行して居るのだが、効果はいまいち(やってなかったらもっとヒドい状態になっているのだろうが)。
で、今日は山一つ越えた隣町の温泉に行ってきた。
泉質は「かなり悪い」のだが、施設の造りは「なかなかに良い」。
ま、スーパー銭湯だと思えばいいか。

その後ちょいとドライブをしつつ「街」で買い物。
非常に良い土曜日の夜である。

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2007年9月23日 (日)

チャリ?

OK氏の田んぼで稲刈りの手伝い。
OK氏と氏の兄君。親戚の人らしき干物のようなおじいさん。SG氏・MB氏・KR兄とぼくの総勢7名。2段7畝くらいだという田んぼにはやや多勢すぎるかも。
OK兄君がトラクターで刈り、ぼくらはその稲束を柵にかけるだけ。午前中で終了。
実働2時間のバイト代として去年の米を15㌔貰った。
ぼく的には結構割が良い気がするのだが、新米を期待していたらしいKR兄はやや不満げな風情。
米なんて喰えりゃ何でもいいんすよ。

稲刈り風景はいかにも秋の風情なのだが、気温が高くて暑い暑い。
それでも太陽の仰角は確かに低くて、少し黄ばんだ日差しは既に夏のそれではなくなっているし、一体どこからこんなに湧いてきたのかと思うほどのトンボが飛び交う。

午後からは、先日間伐に入ったうちの家の裏山に入った。
その時の作業中にナタを落としてしまっていたので何とか見つけ出せないかというのと、近所で評判の湧き水ポイントで水を汲んでくるのが目的。
ナタは「あの辺で・・・」というエリアを1時間ばかり歩き回ったが、倒した木の下にでも紛れ込んでしまったのか、どこかに転げ落ちてしまったのか、結局発見できなかった。
支給品のなまくらナタなので、それ自体はそこまで惜しくないのだが何か別のものを買ってこなければ。
それにしても山で物をなくし過ぎだ。
帰り道には、積んできている20ℓタンクに水を汲む。
湧き水自体は非常に美味いのだが、この新規購入の水タンクは中にプラスティック臭がこもっているので汲んで帰って美味しく飲めるのか、かなり微妙な予感がする。
帰宅後、とりあえず備長炭をドカドカと放り込んでおいたが・・・。

5月の末以来まる4ヶ月放置してきた頭がボーボーで、鬱陶しさが極まったので観念して床屋に行くことにした。
こちらに来てからずっと、感じが良くて割安な床屋を捜しているのだがなかなか見つからず、唯一1,500円という安相場で営業している床屋は外から窺ってみた限り非常に柄が悪そうだ(一度利用したKR兄も「下手で柄が悪い」と言っていた)。
が、頭はもはや限界。他に手頃なところが見つかるまでもたない。

実際、店は非常に感じが悪かった(そのせいか店はガラガラ)。
ほとんどスポーツ刈り状態に刈り落としただけなので、腕の程はよくわからない。
トータル的にみて次もここに来るかどうか不明だが、ぼくの場合、別に凝った頭にする必要は全然なくて伸びた髪を刈り落とせば良いだけなので、感じの悪さを30分弱辛抱しさえすれば安く上げられるという点から言えば、他に手頃な店が見つからなかった場合には結局またここに来ることになるのかもしれない。

髪を切られている時、おっさんに「チャリは?」と訊かれた。
「じゃりン子チエ」の「ツルピカ男と段ボール男」の話を読んでいなかったら、それが「もみあげ(どうすんの?)」という意味だということを理解できなかっただろう(笑)

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2007年9月22日 (土)

彼岸花

今日は事務所のOT氏とKS氏、OK氏MB氏KR兄とともに2組に分かれてプロット張りに行くことになった。
予定では先日までと同じくT野川の木柵工に行く見込みだったのだが、急遽変更。まったく、朝来てみないことにはその日何をするのかわからないという、不思議な職場だ。

ぼくは「歩く窓際」OT氏と2人でIの川方面に向かったのだが、組合車のダットサン・ピックアップを初めて運転することになった。
普段、小回り利くことが身上のサンバーに乗っているので、あのボディのでかさにはちょっと気後れする。Iの川は以前除伐に入っていたエリアなのだが、谷自体が非常に細くてその縁を走る道もほぼ一車線なのだ。
しかもクラッチの繋がる位置がどうもよくつかめない。挙動がガタガタだ orz

とりあえず何とかとり回しつつIの川の谷深くに入り込んでいくと、山あいのちょっと陰った棚田の畦に彼岸花が咲いている。

先日潮岬測候所のHPを見たところ開花が報じられていたので、ここ数日ちょっと気にしてみまわしていたのだが、うちの辺りで咲いているのは今日初めて見かけた。まだ開花していない株も多いので、本当に咲き初めなのだろう。
暮らすエリアも日々の生業も去年までとは全く違うので比較は出来ないのだが、今年の夏は確かに暑いようだ。これまでのところ日中は夏そのもの。これでは彼岸花などまだしばらく開花しないのではないかと思っていたが、偉いものできっちりとこの日付にあわせて開花している。

仕事の方は、午前中2カ所でとんでもないシダ原と格闘するハメになり、結局プロットは6つしか張れず。
ヘロヘロなOT氏を保護するために、さんざん飛び回ったので結構疲れた1日になった。

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2007年9月21日 (金)

演技種目

今日は再び上富田で研修。
一日おきの飛び飛びでこちらに来ているのだが、内容が先日学科を終えた小型移動式クレーンの実技試験ということで、人数の関係上日程の振り分けは仕方ない。

試験は、ポールの立った規定のコースに沿って荷物を運ぶというもの。運転免許のS字カーブみたいなもんだな。

午前中は説明を受けて各自順番に練習。
クレーンでドラム缶をつり上げてコースに沿って旋回し、障害物のところを巻き上げて越え、元のところに帰って来て荷を降ろす。
重要なのは安全確認の指差呼称と、規定のつり上げ高さ2mの維持、荷を振れさせないこと(ポール接触は減点)。

単純で簡単なことだとも言えるのだが、いきなりやるとなると結構難しい。しょっぱなは、機械のペダルやレバーの遊び幅がわからず、特に。
「規定の所作を確実に且つ美しくやる」という感覚が、何やら体操競技か何かのようだ。
演技を終えて運転台から下りたら、試験官に向かって直立して背筋を伸ばし両手をまっすぐ上に上げてやろうか(笑)

2度目の練習を終えてみればだいぶ感覚がつかめて、実用面はともあれ、とりあえず試験にはパスしそうだという感じがした。
実際、着地にはちょっと失敗したもののさほど大きな破綻はなく終了。
同じ研修で来ている面々とも全員無事合格。

それにしても、つり上げ高さ2mは何となく見当がつくのだが、ブームを傾けて荷を前後に移動させる距離感が難しい。今回の試験は受からせるための出来レースなので、それぞれの距離に応じたブームの角度が知らされているのでその数値にあわせれば良いだけなのだが・・・。

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2007年9月20日 (木)

間伐っ!!

今日はT野川で材出し&間伐。
S翁、OK氏、FN氏、SH氏の組合専従ベテラン作業班の面々と、退職前調整期間のMB氏、KR兄とぼくの研修組。合計7名の大部隊だ。

材出しといっても、もちろん売るものではない。
今現在本職作業班が請け負っている木柵工の現場には柵と杭の材料になるような細い木が無いらしくて、そのための木をこちらの山から伐り出して運ぶのだ。
そもそもお役人がこの事業を考え出した時の目論見では、間伐施行の「ついで」にその伐り捨てる分の間伐材を使って木柵工をするということだったのだろうが、規格で柵の太さを決められている以上、林齢によっては実際こういうことが起きてくる。
事務机と山との相克がこんなところにも・・・、だな。

さて・・・
木自体は、ぼくらが林業センター研修に行ってる間、OK氏やSH氏が既に切り倒してくれている。
ごく道沿いの場所を選んで手頃な太さの木を間伐し、倒した木をそのまま下の林道に向けて放り落とすという非常に手荒で大胆な方法だが、機械には頼れないし材にも品質が求められる訳ではない以上、これが最善である。
その投げ落とされた木を、さらに引き摺り落として枝を払い玉切って、ユニックでトラックに載せる、というのが今日の「材出し」作業。
9月とは思えぬ炎天下(全員口を揃えて「今年の夏はおかしい」)、全員汗だくになって作業に取り組み、材出しは午前中で終了。

FN氏は昼で上がり。
午後からは残りの6人でその山に入って、間伐済みの道沿いより上の部分で今度は伐り捨ての間伐作業。

教科書的にいくと、木を倒す時には倒れる方向やタイミングを制御する為に、「受け口」と「追い口」つーのを切るのだが、実際の山師が間伐する時にはそんなことはしない。
立ち木に対してハスにチェンソーを入れて、そのまま伐り落とすのだ。
伐られた木は立った姿勢のまま地面に一度ドスンと落ちて、その後重心の向きによって「どちらかの方向」にふらーっと倒れていく。
この方法だと、いつ、どの方向に向けて木が倒れるか分からないので危険極まりないのだが、実際やってみると分かるように、「受け」を切っていてはヒノキの「間伐」など事実上不可能なのだな。

そもそも間伐とは、密生(密植)し過ぎた木を何割か伐ることなので、普通にやっていたらどれか1本を倒そうとすると必ず隣の木とぶつかる。
スギなら倒れてくる木の勢いに負けて枝が折れるので処理がしやすいのだが、ヒノキは枝が頑強なので切った木がもたれかかってきてもガッシリ支えてしまって倒させてくれないのだ。

そこでこの「袈裟伐り」をするのだが、やってみると確かにとにかく手っ取り早い。
「受け」を切って倒そうとした場合、木を寝かせるまでにさんざん悪戦苦闘しなければならないのだが、袈裟伐って落とした後切れ目を入れて突いて倒せば、あっという間に木が横倒しになる。
が、慣れない所為もあって、本当に恐ろしい。
一度、自分の居る側に倒れてきた時には本当にどうしようかと思った(あの程度の太さの木だったら、よほど打ちどころが悪くない限り死にはしないだろうが)。
まったく、心臓に悪いわ〜。
恐怖感のためかアドレナリン出まくり。
終了時には異様なハイテンションになっていた。

7時前にK's電気が洗濯機を届けにきた(この辺りのことは、未記入の日付の回に遡って後日)。
今回の一連のことではかなり頭にきたので、ヤケクソの7kg洗い。
とりあえず、これでようやく洗濯ができる。

洗濯機待ちをしていたため、普段と帰宅後リズムがずれたのだが、ちょうど良い機会なので久しぶりに地元の温泉に行った。
観光シーズンも終わった平日なので館内ガラガラ。半貸し切り状態。
「そういえば・・・」と思い立って温泉の調査票を確認してみると、ここのPHは「僅か」8.1。
それじゃ、とろけ具合ですさみ温泉にかなわないわな。
なんせ向こうはPH10.6。
そんな強烈なアルカリ溶液に浸かるなどというのは、もはやほとんど化学実験の領域だろ。
やはりイノブタは紀伊半島で最強なのではないだろうか。
機会があれば、是非一度試してみられることをお勧めする。

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2007年9月19日 (水)

「これは呪いか・・・?」   洗濯機買替え始末

先日、洗濯機が遂に逝った。
享年4歳4ヶ月・・・

こないだの土曜日くらいから完全に末期的な症状を呈していたのだが、懸命な治療の甲斐もなく、まったく排水できなくなった。排水弁の接続部分が切れたのだ。
こうなっては完全にお手上げ。

これまで、排水をするため水満載の洗濯機を定位置から引っ張り出し裏側から弁を引っ張ることに汗だくの労力を傾けつつ、2時間の時間を費やしても一回の洗濯が終わらないというのは非常にストレスフルなことだった。
もはやお金の問題ではない。
これでようやくこの苦しみから解放される・・・(笑)、ということで「街」のK's電気に行ったのが、こないだの月曜夕方。

店に展示してあった中で最安値はテーハミングのNG電子製、4.8kg洗いで19,800円。
機体が格安な代わりに他と比較して消費電力が異様に高いのが不思議で、ちょっとイヤなところだったのだが、「まあ、いいか」とご購入。サンバーで即お持ち帰り。
したのだったが・・・

1度目に洗濯した時には、排水時に洗濯機の底から何やら水がダダ漏れ。
とりあえず洗濯は全行程無事にできたのだが、溢れた水で洗面所のタオル類が全滅してしまった。
洗面所を必死に拭き掃除し、排水パイプの接続が悪かったのかな、と挿し直しておく。
で、昨日火曜日。2度目に洗濯しようとした時。
排水パイプの繋ぎは完璧だったのだが、今度は注いだ水が洗濯槽に溜まらず、そのまま「完璧な接続」の排水パイプを通ってすべて流れていってしまう orz
洗濯できねーよ。

今まで使っていた洗濯機で排水弁が逝って買い替えたというのに、これはどういうことなんだ?
ぼくはこれまでの人生の中で、何か、排水弁一族に呪いをかけられるようなことをしていたのか?


という経緯があって、今日。
上富田からの帰りがけ「街」に寄り、K's電気に初期不良の交換を申し入れにいった(ちなみにクレーンの出来レース学科試験は無事パス)。

事情を説明すると、交換自体にはすぐに応じて貰えたが、同じ型のLG機は既に在庫が出払っていて交換品が取り寄せになり、納品が先になるという。
仕事柄もあって洗濯が滞るのは非常に困るし、最初にこういうことがあると今後そのNG電子機と付き合っていくのが微妙にイヤな気分になっていたので、差額を払うから別の機種にさせてくれ、と言って、1万円上乗せして機能はシンプルながら大容量で割安感のあるサンヨーを指名した。

うちの「村」へは火木しか配送がないというので、「洗濯機がないのはヒジョーに困る!!」とゴネて、明日の配送にねじ込んでもらった。
というか、もともと明日、逝った洗濯機のリサイクル回収に来て貰う予定だったのだ。
その回収自体は、うちの玄関先に出してある故洗濯機を昼間に勝手に持ってってもらって、サイン等は後日郵送で処理(こっちは昼間は無理だし、向こうも夕方6時に「村」まで来るのはあまり嬉しくないらしい)ということにしていたのだが、その配車の時間をずらして、サンヨーを1台載っけてきて、リサイクル回収品とNG電子初期不良機を引き取っていくようにすればいいじゃん。
後日届けるよりも1度に終わらせちまう方が手間省けるだろ。

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2007年9月18日 (火)

神。跳んだ!!  シーズン・・・幾つやった? 

今日と明日は上富田の林業センターで研修。
今回は「小型移動式クレーン」の座学。
その後飛び飛びに実技試験があって、受かれば資格が貰える。

同期の人たちともすっかり顔なじみになれたのは良いが、もはやその「新たな仲間」にも「西牟婁郡」にも、「初めて知る様々な知識」にさえも、それほどの大きな感動が無い orz(笑)
淡々とこなす日常のひとコマになってしまったようだ。
まあ、座学はダルいというのがそれに拍車をかけているのだけれど。

今週も相変わらずひどく暑いので、クーラーの効いた部屋で座ってれば日当が貰えるというだけでも有り難いと思わねば。
ほんまバチ当たるで。

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2007年9月17日 (月)

ノー・モア・ハナコさん

何かの形で解決をつけることができなかった「思い」というのは、後々までずっと影響を及ぼし、時として妙な形で蘇って来るものなのだということに、今朝改めて気がついた。

今朝方見た夢の中に、ハナコさんが出てきた。
その夢の「設定」がどういうものだったのかは、何となくもやもやとしていてハッキリ思い出せない。
が、その夢の中のハナコさんの姿はとにかく鮮明だった。
自分の脳味噌の一体どこに、こんな精密な動画データがしまい込まれていたのだろうと思うくらいに。
しかも「単なるデータ」とは思えないくらい生き生きとし、臨在感があった。
そう、ハナコさんは確かによくあのブラウスを着て、あんな風に立っていた。

夢の中のぼくは、久しぶりにハナコさんに会ってひどくうれしがり、あの頃と同じように舞い上がっていた。
さんざん舞い上がった挙げ句、その状態でハナコさんの前に居ることが少し居心地悪くすらあったのだが、その感覚こそまさにあの当時のぼくを拘束したものだった。

目が覚めてからしばらく、何だか息苦しかった。夢の中で感じた情動の激しさに、正直、我ながら驚いた。
普段全然意識することのない感情の「罠」が、自分の内側にこんな形で潜んでいることに今回初めて気付いた。

あの当時ぼくは、抱いていた感情を、結局いかなる形の解決にも導こうとしなかった。
その結果であるところの現在の状況について、自分では充分に納得のいくものであると感じている。

では、もしあの当時何かを求めて前に進んでいたとしたらどうだったろう?
これは別に悔し紛れではなくいうのだが、僅かな可能性としてあり得た最良?のパターンを辿ったとしても、おそらくはそう長くないスパンのうちに、ぼくはそこから別の場所へ移動(もしくは逃避)していくことになっただろうと思う。
激しく「あこがれ」つつも、ハナコさんを前にすると感じていた「居心地の悪さ」は、おそらくぼくの基本性向に根ざすものだろうから、あの判断そのものは間違いではなかった筈。
いや、というか普通に考えれば、砕かれることで感情に終止符を打つという、最も妥当な解決がもたらされたであろうから、そのチャンスを逃したのはやはり失策だったのだろうか?

結局、あの時の自分の対応は、今のぼくの基準からみてもある意味では正しかったのだ。あの時もぼくは今と同じ程度に賢かったと言って良いだろうし、さもなきゃ、今もあの当時と同じくらいアホなのだろう。
だが、あれ以来「未解決の思い」を作り出し、それに囚われることだけは止めようと、とにかく心に決めている。
だから、心が動いたら迷わず進もうと思ってきた。そして、これまでのところ、その結果は吉と出ている。
その現在の視点に立ち、ことの因果関係を逆転させて評するとすれば、あのとき立ち竦んだぼくの判断は、やはり誤りだったということになるのだな。

ハナコさんは、ぼくにとってこれまでの人生で一番大きな勉強をさせてくれた人なのかもしれない。

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2007年9月16日 (日)

奥座敷と床の間

肩がいまだに痛いので、という理由をこじつけて今日は湯治ツアーへ行くことにした。
目的地は十津川と本宮。
紀伊半島の中でいうと、あのエリアは奥座敷と床の間みたいなもんだろう。

ひとまず山を越えて龍神に出る。
大拡幅されて快適ながらも面白みに欠ける国道コースではなく、県道と林道を経て龍神温泉の近くに出たのだが、今日の目当てはここではない。
慣れというのは怖いもので、「龍神村」などという、以前には神話的なあこがれの対象だった場所が、今やただ単にあちこち出かけるために何となく通過するだけのものになってしまっているのだな(笑)

龍神温泉の少し南、龍神村小又川から十津川に向かうR425の酷道区間(牛廻越)が始まるのだが、辺りを見回すとこの連休で繰り出してきた観光車がワサワサ。
あの勇名轟かすR425に紀州路に慣れない県外車が行き交ったら、不快極まりないことになりそうだということで、当初の予定を変更してR425ではなくそれより南、果無山脈の北麓を抜ける険道735(引牛越)で十津川に向かうことにした。
で、R371をさらに南に回り込み、龍神森林組合の脇から十津川に抜ける735へと入る。
この道は、免許取り立ての10年前にレンタカーで紀州を放浪中、十津川へ行こうとして深夜に入り込み、まさに死ぬ思いをした因縁の道。
が、そんな当時の印象を思い起こしつつ走ってみると、別に何てことない「普通の紀州路」だった。
ちょっとがっかり。
当時に比べればおそらく道自体も若干改良されているのだろうが、なんといっても当時は運転に慣れていなかったし、しかも真夜中だったので余計に恐ろしい印象が残ったのだろう。
それに引き換え今や、いわば「通勤」として日々険しい林道を走り回っている訳で、その違いは大きい。


ところで、この県道の途中、龍神村丹生ノ川に、廃校を改装して開かれた丹生ヤマセミ温泉館というのがある。
ちょうど良いので入ってみた。
まだ午前中だったせいか、連休の中日だというのにガラガラ。
受付で600円払って入ると、風呂場は無人。昼間だから良いようなものの照明も消えている。
「まあ、ワカヤマのサービス業だしこんなもんだろう」と思っていると、脱衣所においやんが現れて「おお、兄ちゃんすまんかったの〜」と言って、電気をつけてまわり、他にも何かスイッチを入れていった。
しばらくするとお湯の感触が変わり、温度も上がりだした。どうやらお湯の汲み上げや循環も切ってあったらしくて、最初浸かった時には普通のヌルいお湯でしかなかったのが、今は明らかにアルカリ泉だ(笑)
ことほど左様にアットホームなワカヤマ的観光施設なのだが、谷あいの露天風呂はなかなかいい感じで、アルカリ泉のお湯もぼく好み。一大観光地の龍神温泉よりもこっちの方が好印象だ。また折りをみて浸かりに来たいと思う。

ヤマセミ館を後にして、小雨降る中急峻な山道を走ること約1時間半、「奥座敷」十津川に着いたのだが・・・。

紀伊半島の各所は、99年の南紀熊野博と04年の世界遺産指定で格段に観光開発が進み、急激にその「秘境」性を失ってしまったのではないだろうか、という気がする。この十津川にも学生時代に2度ほど来たことがあるのだが、その頃に比べてやはり随分と「ひらけた」印象だ。
新しいR168が十津川(河川の)の上に高架で作られ始めている。いずれは新宮〜五条間全域に、このような高規格道が通ることになるのだろうか。
確かに川の蛇行に沿って山の縁をクネクネと回り込む細い旧道は走りにくくて不便なのだが、かといって、あんな巨大建造物をぶち立てるとなると周辺環境への負荷は相当に大きくなりそうなのだがな・・・。

とりあえず、蕨尾の公衆浴場に入る(やはり10年ぶり2度目)。
ここは一応アルカリ炭酸泉なのだが、紀伊半島の温泉としてはちょっと異色といえるほど硫黄分が多くてお湯が真っ白。
施設はかなり小汚くて貧相なところなのだが、熱湯の源泉かけ流し放題で、しかもぼくが入った時には客が他に誰も居らず、ある意味非常に贅沢な楽しみ方ができた。

今回十津川に行って、今ぼくらが見る十津川(河川)の風景はすべて、明治に十津川村を襲った大水害の痕であると言うことの意味が、ようやく腑に落ちた。
十津川村域では、十津川の流路としてはまだせいぜい中流域にあたる筈なのだが、河床は全て砂。
川の規模でいえば断然十津川の方が大きいので、谷の深さはそれでも物凄いが、今ぼくが住む辺りのH川中流域と比べ、河床の様相が違い過ぎる。十津川がいかに大きな河川であったとしても、中流域ではもっと鋭くV字谷が切り立って、河床には角の立った大きな岩がゴロゴロしていて然るべきなのだ。
つまり、その大水害で山が崩れゴツゴツと切り立っていた河床がすべて土砂に埋まった、その痕なのだな。今の十津川の風景は。

しばらく十津川村内をふらついた後、R168を下り「床の間」本宮へ。
本宮に着くころには既に「夜」と言うべき時間帯になっていた。
大斎原には新しい巨大鳥居が建てられライトアップされていた。昔来た時にはあんな大きなものは無かったような気がするのだが、思い違いだろうか?
境内に登って、しばらく歩き回る。
日本最古のテーマパーク「熊野三山」の人気マスコットキャラクター「八咫烏」のグッズが欲しかったのだが、社務所は既に営業終了(某鼠園のようなアフターファイブ営業はしていない)。感覚的に本宮はあまり遠くないので、またいずれ来る機会もあるだろうから、ということで本宮大社をあとにする。
川湯温泉の公衆浴場を見に行ったのだが、駐車場代が高いのでパス。今日は既に2回風呂に入ってるし、もういいや。
何となく疲れたので今日はこれで帰ろうという気分になる。
今回は紀伊半島の奥地のじっくり攻めてやろうという気分で、車中泊しつつ回ろうと車に寝袋と毛布を載せて来たのだが、体力以前に気力が尽きた感じだ。
寄る年波には勝てないな・・・ orz
天気もよくないし、と言い訳をしつつ。R311(快適過ぎて味気ない)を中辺路経由で帰還。

まあ、一応は休日を満喫できた。
この辺が連休の有り難みだ。

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2007年9月15日 (土)

悪友と謂うべきか・・・

今日も引き続きTノ川の木柵工現場へ出向く。

午前中ヨレヨレと仕事をし、昼休憩に入って林内で駄弁っていると一天俄にかき曇り、突然の豪雨。
あわてて道具を片付け、車へ避難。
が、既にずぶ濡れ。

OK氏がしきりに「上の様子はどないや、仕事できそうか?」と訊いてくる。
この人がこう言う場合、その心は「今日はもうおこら(置く?=仕事を切り上げようよ)」ということなので、素直に「足元が悪いので無理そうですね」と言っておく。
結構ぬかるんでいたとはいえ、やってできないことはなかったのだけどね。

ともあれ、そういうことで13時過ぎに組合に帰還。
OK氏が事務所に掛け合って、ぼくらは午後を機械整備に充てるということになり、半休を逃れることができた。
チェンソーと刈り払い機を念入りに掃除し、夕方からは製材のFN氏を手伝って1日が終了。

帰宅してバタバタやっていると、昨日に続いてS藤師が来訪。
うちらの向かいのH川に埋けたカゴでモクズガニが獲れたといって持ってきてくれた。
見ると、チョボチョボと毛を生やしたファンキーなカニだ。「藻屑」という名が腑に落ちる。
紀州では、彼らが産卵のために海に下るこの季節、皆こぞってカゴを川に沈めて捕獲するという。
もともとあまり大きい生き物ではないので身は少ないが、なかなか美味なのだとか。茹でて身を啜ったり、ミソを味わう。もしくは粉々にしてそのまま味噌汁に放り込むとよいダシが出るらしい。

師にはそうとは言わなかったが、ぼくは「カニを食べること」が正直あまり好きではないし(「食べ物としてのカニ」が嫌いという訳ではない)、手で捕まえていたのがふとした拍子に地面に落ちて、必死に逃げる様がなにやら健気でもあり、そのまま逃がしてやることを提案。彼女(なのだという)はH川に帰っていった。
師にはちょっと申し訳なかったのだが、ぼくという人間が「自然」に対して振り向ける視線が、どうやらあまり「食」そのものとリンクしない、という、ぼく自身最近になって気付いたことを、明敏な師は既に理解しているような気配。

その後、コーヒーをガブガブ飲みつつ夜明け前まで長々とバカ話。
途中タバコが切れ「街」のコソビニまで買い出しにいったりして、何やら学生下宿のような気分だ。
人間的な実質も、いろんな指向性も大きく食い違う、ぼくと師の間でウマが合うとすれば、この辺の「書生じみたところ」の共通性なのだろうな。
組合のED氏は初対面の時ぼくに向かって、「自分(2人称)、S藤とは気い合いそうやな、なんか学生っぽいっちゅうんか・・・」と言っていたが、あれはED氏にしては慧眼だったと言えるだろう。

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2007年9月14日 (金)

特記事項無し

仕事は木柵。
肩は鈍痛。

どちらも芳しくない。
以上。

追伸
夕方、S藤師が来訪。
師が請け負い班の「班長」に就任して以来、朝夕ともにすれ違うだけだったので、何だか久しぶりに師と話をした気がする。

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2007年9月13日 (木)

山林土方

肩の具合は微妙ながら、とりあえず今日は仕事に出る。

どうも関節付近の「打撲」的ダメージは朝起きた時に一番ひどい痛みが来る気がする。
今朝起きた時は肩がかなり痛んで、一瞬「仕事無理か?」と心配になる程だった。
刈り払い機を使っている期間の「掌」も同じなのだが、やっぱり夜寝ている間は、ほとんど動かさずにいるので、血流が滞ったりして、状態が悪くなるのではないだろうか?

仕事は引き続き木柵工。
材運びはちょっと厳しいが、杭打ちはハンマーを右に振りかぶればとりあえずいける。
山の斜面に平行な筋をつけ、杭を打ってキッチリと柵を作っていく、この木柵工は実質的にほとんど土木工事。
「見栄えだけが勝負」なのだそうだが、これが結構難しい。
そもそも見せるためのモンでもなし実質が担保されればいいじゃんよ〜、と思うのだが、「客」の注文なんだから仕方ないわな。

仕事というのは多くの場合、「継続の力」、つまり「慣れ」によってかなりの部分まではひと通りこなせるようになる「だろう」、と思っているのだが、なんせその仕事の内容にいろんなヴァリエーションがあるので、そのそれぞれについてなかなかテキパキと感覚をつかめない。
ま、焦ってどうにかなる訳でなし、ぼちぼちやりますわ。

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2007年9月12日 (水)

浜辺の昼寝

朝、目が覚めるとやたらに左肩が痛い。
肩を殺ったこないだ以来湿布ベタベタ攻撃を繰り返しているのだが、全然効かないどころか余計悪化しているような気がするぞ。
腫れてるわけではないので骨には逝ってないと思うのだが、結構直撃だったし、まさかの可能性もあるからなあ。

とりあえず仕事モードのなりで組合に顔を出す。
ホワイトボードの今日の振り分けを見ると、今日は4人の編成。1人欠けても頭数的には大丈夫そうだ。
しかも作業は間伐&筋工。
この状態では材持てませんがな。
KR兄に話して一応了解を取った上で、デロデロOK氏に申し出て休みにさせて貰った。
念のため病院に行ってみるべ。

家に戻り、ネットで「街」の病院を調べてみる。
おあつらえ向きなことに「街」には整形外科が専門の大病院があって、多くの人がしばしばお世話になっていると聞いている(あまり喜ばしいことではないのだが)。
ちなみに、この「街」は医療関係が妙に充実していて、近隣まで含めるとそこそこの規模の病院がたくさんある。
僻地に来た筈だったのだが、そういう点も含めて、結果的に、ともすれば以前より便利な生活になってしまっている(笑)

で、その K病院。
受付で労災にするのかどうか問いただされ、ちょっと困ったのだが、まあ大したことにはなってないだろうとタカをくくって(というか「大したこと」にしたくないので)自費受診で押し通すことにした。

診察開始時間からはかなり出遅れていたのだが、守備範囲が狭いからかこのK病院は意外に空いてて、10分強で診察室に呼ばれる。
豪快な風貌のヒゲドクターに状況を説明すると、「じゃ、とにかく先にレントゲン撮っときましょ」と言われ、1分で退出。
5分強待つと、レントゲン室からお呼びがかかり、角度を変えて2枚。
戻って5分強で再び診察室へ。
ヒゲドクター、レントゲン写真を見ながら、
「骨は大丈夫でしたよ、湿布が良くないということなので、塗り薬出しときますね」(そうですね、お願いします)
「痛み止め要りますか?」(いや、それは要りません)
「じゃ、お大事に〜」(ありがとうございました)
待ち時間も診察も随分短かった。

再び5分程で会計に呼ばれお金を払いつつ、脇からは流れ作業で塗り薬を渡され、すべて終了。
都合、約1時間。下手したら一日仕事になるかと思っていたのでやや拍子抜けだった。

せっかく日給棒に振って「街」に出てきたのだから、とホームセンターなどでちょこちょこ買い物をし、さらに「街」の海沿いへ。
こちらに来てから、なぜか山ではなく、海にすっかり魅惑されてしまっているのだ(笑)

既に昼も近いので、手頃な場所に車を止めて海を眺めつつ弁当を食べ、小さな灯台のある岬に登り、双眼鏡で行き交う船を眺めて小一時間。

再び下りてきて、砂ではなく丸い小石の浜辺に寝っ転がり(背中に健康サンダル状態)、携帯ラジオを聞く(APEの辞意表明で大騒ぎ)。
途中うとうとしかけたのだが、思い切り寝付くことはできなかった。
ちょうど潮が満ちてくる時間帯だったらしく、ずっと定位置にいると波が足に噛み付いてきそうで、途中何度か後退せざるをえないのだ。黒潮は好きだが、我が身を捧げるほどではないし(笑)

気がつくと日が傾き出していて、既に16時前。
散髪はまた次の機会に、ということにし、最後に食料品だけ仕入れて「村」に帰った。

作業班が帰ってきている時間を見計らって、再び組合に顔を出し、一応報告。
明日の予定を確認して帰宅。

夕飯を食べてAPEの辞意騒ぎのニュースを観ているうちに眠り込んでしまった。
この喜ばしい日に祝杯を上げられなかったことは極めて遺憾である。

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2007年9月11日 (火)

イッツ ア スモール ワールド

今日はH川谷の林道草刈り。

引率には再びS翁にお出ましいただく。
膝の具合が悪いので既に山からは半リタイア状態の翁。最近は現場に出向いて作業することそのものに関してあまり気が進まない様子なのだが、「ま、道刈りやさか、行ったるわ」。
道刈りは楽、というと語弊があるのだが、とにかく仕事しやすい。
足場の不安がない。
ただその一点において、ぼくらにとってもS翁にとっても、手頃な現場だ。

日中ほとんどの時間曇りで気温もさほど高くないので、しのぎ易い筈なのだが、やっぱり仕事してると暑いわ。
そろそろ汗だくズボンからは卒業したいのだがな・・・

昨日やった左肩は湿布の絨毯爆撃を一晩行っても好転せず。
力を抜いて手を下ろしていれば良いのだが、ちょっと力を入れたりした瞬間に激痛が走る。
どうやら腕を肩のラインより上げるのと、下に向けて力をかけるのがダメらしい。
下手したらヒビくらい逝ってるんちゃうか?(腫れはほとんどないので大丈夫だろうとは思うが)

とりあえず今日が草刈機で良かった。チェンソーで間伐とかだと、力入らんから仕事できないっすよ。

夕方、組合の作業班部屋(本職作業班が基本的に直行直帰になったので、近頃ここはかなり人口密度が低い)でUS氏・NN氏・KR兄と長々雑談。
帰宅が8時になってしまった。
この「遅くなった」感覚を以前に喩えると、「終電帰宅」ぐらいに相当する(笑)

ここは狭く閉じられた世界の暇な組合なので、人々は寄ると触ると同僚の月旦に精を出している。全員が全員、その場に居ない人について言いたい放題。
その月旦は、ほとんど無差別と言って良い方向からやって来て、ぼくら新参者(色分け未分類の半お客さん状態)の上を「辛辣な批評というにはちょっと・・・」な感じの物言いが行き交う。聞いていると面白いやら恐ろしいやら。

とはいえ、そんなことは本当にどうでも良いことなので、「沈黙は金、雄弁は銀」とだけ心得ておこう。
ん〜、それより「壁にミミあり、障子にメアリー」の方が良いだろうか?

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2007年9月10日 (月)

「山の遊撃手」

今日はM木にある植栽地の獣害除けネットの修繕に逝けとの指令。
何でもしまっせ〜!

まずはネット際の雑草を刈り払う。
この植栽地は、この辺には珍しく赤っぽい粘土質で、そのせいかシダが少なく、篠がやたらに生えている。
で、篠の根に圧迫されてネットを張っているポールがすっかり倒されているのだ。
折れたポールを引っこ抜き、新しいのを打ち込む。たるんだネットを必死に引き上げて張り直し、破れてるところはロープで繕う。

こういう作業はえらく手間がかかって、いっそのこと最初から全部張り直す方がはるかに楽なのだが、資材費がないので致し方ない。

修繕は2時半過ぎにひと段落して、その後H川の対岸にある、こないだの「治山間伐」現場へ移動。間伐を見せてもらいながら、ちょっと手伝う。

作業中、SH氏が元玉切りで小切って倒したスギの直撃を受けた。
そのときSH氏はぼくの居た位置より下で作業していて、こちらからは氏の様子が見にくい状態だった(たぶん向こうからも)。見えてさえいれば、どういう向きでチェンソーを入れてかで倒れる方向が分かって逃げられもするのだが、今回は本当にいきなり倒れてきた。
実際の作業ではこんな近くで作業することはないだろうから、このことで恐怖感は湧かないのだが、なんせ間伐で近接作業は危ないよな〜。
今回は(「運良く」というか)当たったのが細い木だったので、左肩を打撲しただけで済んだのだが、かなり痛くて左手に力が入らないし、腕が上がらない。車のシフトチェンジの際にも、力の入れ方を違えるとちょっと痛みが走る。
とりあえず湿布を左肩全体にベタベタと貼ってはみたが、明日には多少良くなっているだろうか?

明日は「林道除草作業の刈り残し分を片付けてきてくれ」とのこと。
なんか予想通りの展開だ(笑)

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2007年9月 9日 (日)

敢えて言・・・(ry

買い物は昨夜「街」に行って済ませてきたし、その反動で財布には1,500円しかないし、で、何もせぬ1日。
あ、とりあえずマツケン・サンバーの掃除はしたかな。

夜になってカレーを煮た。
今回はタマネギ・ジャガイモ・ニンジン・鶏ムネ肉・冷凍豚バラ肉の他に、カボチャ、缶詰カットトマト、ピーマンを放り込む。
膨大な材料に合わせようとルーを足していくうちに、結局2箱全部使うことになってしまった。
これは一体何人分なのだ?(笑)
「なみなみ」は「飲み物」に関するお山クオリティだった筈なのだが、深鍋になみなみいっぱいのカレーを見ていたら、「カレーは飲み物」という金言を思い出した。
やっぱりそうだったのか(笑)
量はともあれ、味の方はまずまずの出来。

カレーを仕込みつつ、巨人阪神天王山の第3戦を聴く。
今日は大阪の電波が良く(というか東京の電波が悪く)、ダイヤルは1008。
一昨日昨日に続いて、またまた物凄い試合だ。
激しく競り合って、まったく気の抜けない展開だったのだが、何となく最後は阪神が勝つんじゃないかという気がしていた(正確には「阪神は負けないんじゃないか」)。

あのウンコ馬鹿大王(unkobakadaio)は嫌いだが、確かにヤツが監督になってから、秋口以降の阪神は毎年驚異的な強さを発揮している。
とはいえ、あんな投げ方して青空球児は本当に大丈夫なのだろうか?

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2007年9月 8日 (土)

治山とは・・・

今日はデロデロOK氏に率いられて、某「治山間伐」現場の仕上げの手伝いに出向く。

「筋工(すじこう)」「木柵(もくさく)」と呼ばれている治山事業の一つで、間伐で倒した木を2mに切り、上下間隔1.5mくらいの列状に斜面に横たえ、杭を打って止め表土流出防止のための柵にする作業だ。
普通ならそのまま山に伐り捨てるだけの材に現場で簡単な加工を施して、治山目的に有効利用するという、一見非常にすばらしいアイデアだ。これを思いついたお役人は大変お褒めを受けただろう。

が、実際現場を見てみるとアホらしいことこの上ない。

その木柵工事を施したエリア内(この現場は狭くて、パッと見、あって2段程度)では、伐った木の枝や葉、山の表土に埋もれている石や小さな岩をすべて取り去り、基本的には「箒で掃き清めたような状態」にしなければならないのだという。

「その作業が「治山」という目的に対して、一体何の意味があるんだ?」

表土の保護のためには枝や葉がそのまま散らばって落ちていた方が良いんじゃないのか?
林内とはいえ、雨が降れば裸の土には水滴が直接当たる、それよりは表層の堆積物に当たる方がダメージが少ないだろーよ。

岩など、わざわざ地面から掘り起こして何になる?
「岩の崩落を未然に防ぐ」とでも言うのだろうが、掘り起こした岩はただそのまま工事エリア外にほっぽり出すだけだぞ? 掘り起こした分だけ余計に転がりやすいわな。
結局「見た目よく」できればあとは何でも良いのだな。

作業が煩雑になって鬱陶しいがそれに充分な意味があるというのならまだしも、本来の目的を損なうような規格指示というのは馬鹿げている。
大切な国民の血税を使うのだからキッチリ仕事させなければ、とでも言いたいのか?
そういう使命感はもっと別の方向に向けて発揮してもらいたいものだ。

まったく、お役人ってヤツは・・・。

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2007年9月 7日 (金)

捏造!!

このところ合併がらみの話で事務所がバタバタしているのだが(周りの人に言わせると「普段から常に」なのだそうだが・・・)、そのあおりでなのか、今日は山の現場の手配が出来ない&製材の仕事が立て込んでいるということで、ぼくとKR兄は土場に入った。

製材担当のUS氏とFN氏は「台車」でひたすら板を挽き、ぼくらが材料の3m材を玉切ってそちらに回すという流れだ。
以前から何度か入っているので勝手もだいぶ分かり、作業は意外にサクサク進む。
が、暑い orz
ここ最近、空気はだいぶカラッとし始め、特に朝晩はヒンヤリとするのだが、それでも昼間外で動いているといつの間にか汁だく。

10時過ぎの休憩の際に、事務所のKS氏がやってきて、「とある現場の作業中写真を撮り直さなければならないので、モデルになってくれ」と宣う。
聞くと、下草刈り作業中の写真で写っている人が目の保護のためのゴーグルをしておらず安全基準に違反しているので、写真を県に提出できないのだそうだ。簡単に言うと「作業中」写真の偽造な訳だが、まあ、作業そのものはしっかり完了させてあるものなので写真はいわばおまけ。
ぼくらとしては別にどうでも良いことだし、形だけ山仕事スタイルに変えて機械を引っ張り出し組合車に乗り込むと、車はうちの傍を通る林道から裏山に入っていく。下草や植栽の生え方が実際の現場に近いところに心当たりがあるという話だ。

かなり上まで登った辺りに林齢の低いヒノキ植栽地があり、そこでウソ作業風景の撮影。
機械のエンジンすらかけない(笑)

その後、今年度うちの組合が受けている間伐予定地がその先にあるということで、そこを観て回った。
KS氏は「近いうちに(早ければ来週あたりからでも)、このエリアで間伐作業の実地研修をしてもらう」と宣うのだが、今回の作業班再編成で本職作業班は大きな現場にかかり切りになって請け負う形になっているので、ちょこまかと発生する細々とした現場作業がぼくらに回されるような話があちこちから聞こえてくる。ぼくら「研修班」は、事実上「雑用班」に変化したということだろう。
という訳で、ぼくの中では「ぼくらが間伐作業をできるのは、当分先のことになる」との予想が圧倒的なオッズを集めている。

組合に帰ると既に正午前。午後からの作業の準備をするともう昼休み。
午後は大半の時間、入荷している材のチェックなどをして、ひどく楽な1日が終了。

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2007年9月 6日 (木)

出来レース

第3期の集合研修最終日。
引き続き、玉掛け技能講習の学科講義と、試験。
実技はまた後日にある。

講義といっても、実際は講師が試験問題そのものを見ながら、出題されている項目を「おぼえとけよ〜」と伝えていく状態。
当然学科試験は無事全員パス。しかも皆なかなか良い成績だったらしい。

真っ当にやったら、この内容をこんな時間で習得するのは到底無理。
試験に通っても、「さあ荷物があります、玉掛けしてクレーンで運んでください」などとなったら、手も足も出ない。

偉い人にとってはともかく、現場にとって資格など飾り。
その飾りも飾りとしてあるに越したことないし、普段使うのならもちろん無いと困るのだが、使えない(使う機会がない)資格ばかり取るのも微妙なものだ。

終了後は、いつものように「街」経由で買い物をして「村」へ。
組合に顔を出して明日の予定を確認し、7時過ぎに帰宅。

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2007年9月 5日 (水)

果汁100%

集合研修3日目。

今日明日は「玉掛け技能講習」の講義。
明日夕方に学科試験があるので、気を抜けない。
給料貰って資格取りにきてるのに、まさか「学科試験に落ちますた・・・」と言って帰れる筈がない。

玉掛けつーのは、要するにクレーンに荷をくくり付けること。
林業では材木の搬出に必須なのだが、うちの組合には機械が無くて材を出さないから、実際はあまり関係ないような気がしないでもない。

襲い来る眠気と効き過ぎクーラーの寒さとの戦いの1日だった。

夜は宿舎に泊まっている隣郡某組合のAR氏とKY氏と3人でNFLのビデオ鑑賞会。
AR氏は学生時代WRをやっていたというフットボーラーで、最近上富田での夜はいつも、氏とアメフト論議で盛り上がっている(AR氏も松坂世代)。
KY氏はAR氏より2つくらい年下という話で、これまでAR氏は彼をアメフトに染めようとしてきたらしいのだが今ひとつであったらしい。で、今回はぼくも協力して2人がかりの洗脳作戦である(笑)
03年11月のMIN@SD、チャージャーズの先発QBはダグ・フルーティ(Doug Flutie)という渋いセレクトであるが、この試合のフルーティは彼のベストゲームと言ってもよいような大爆発ぶりだったので、インパクトは充分だったようだ。

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2007年9月 4日 (火)

ER

今日の研修はロープワークと救命法。

ロープワークの講習では、紐の3つの撚りをほどいて繋ぎ合わせたり「目(アイ)」を作る加工法と、「もやい」を習ったのだが、こういうのは本当に必要に迫られないと今ひとつ身に付かない希ガス。

救命講習は群馬でやったのと全く同じで、心肺蘇生のみ。
意味無し。
心肺蘇生メインになるのは仕方ないとしても、ぼくらにしてみれば止血法や副え木の当て方なども「付け加えて」教えてくれ、という気分だ。そっちの方がはるかに身近で切実なんだから。
単に消防庁の救命講習の実施実績を上げてやっただけな感じだ。

ともあれ。
近頃の心肺蘇生法は、10年前運転免許を取った際に習った時のものと違って、「いろいろ難しいことは要求しない。心臓が止まったヤツが居たら、悩まずなんとかしてやってくれ。最悪、もう胸骨圧迫だけでもいいから」という趣旨。
確かにこれは正解だと思う。
あれなら、ぼくでもそういう場に居合わせることがあったらやってやろうと思える。講習の成果を試すのに、誰か身近なおっさんが倒れてみてくれないだろうか?
もちろん、胸骨圧迫のみになるが(笑)

グリーンワーカーのSJ君の方は今日で1泊2日の研修(はい積み)を終了。
ぼくらも予定通り今夜は一旦「村」に帰る。

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2007年9月 3日 (月)

千畳の湯

今日から再び4日間の集合研修。

今日明日の2日間は、3年目のSJ君が出ているグリーンワーカーの研修と日程が重なるので、3人で組合車に乗って林業センターへ行くことにした。
4日間毎日往復も大変そうだが、3泊4日は正直キツいので、SJ君の帰投と合わせ、ぼくらも間で一旦家に帰ることにして、1泊2日×2(中一日は自宅泊)という形にする。

今日の研修はコンパス測量実習。
午前中講義を聴いて、午後から実際にやってみるという内容。
まあ、測量は群馬で1回、こっちに来てから2日間・2カ所の山で「練習」したことがあるので、おおよそのところは大丈夫だろう、と午前は爆睡。気がついたら昼だった。

午後からの実習では、2班に別れて林業センター敷地内の人工林の縁にとってある2段ほどの実習地を測量して回った、
屋外での実習だからということで、念のためナタと皮手とスパイクブーツを持ってきていたのだが、これが大正解。測量杭の周りを草や木の枝が覆っているところが結構あって、ワシワシ乗り込んでいってバシバシはたき落とした。
ぼくは刃物を持たずに草や木が生えているところを歩くのは何となくイヤなのだが、なぜか皆は何の用意もなく来ていた。刃物はともあれ、スニーカー&素手では何もできないだろーに。

研修終了後は3人で白浜に繰り出す。
今日の温泉は「千畳敷」の傍にある「千畳の湯 グランパス」。
カタカナ愛称のイメージにそぐわない寂れた感じのところだった。
めちゃめちゃぬるい内湯と、そこそこ眺めの良い露天風呂という組み合わせで、お湯に浸かったり外で涼んだりを繰り返しながらダラダラ過ごすには最適。
しかも客が少ない。結局いろいろくっちゃべって、2時間近く中に居たのだが、そのうち半分以上は貸し切り状態だった。
うちの組合の若きエース、松坂世代のSJ君(今月からは「副班長」)とは、これまであまりじっくり話をしたことがなかったので、今回いろいろ話が出来たことは非常に大きな収穫だった。

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2007年9月 2日 (日)

敢えて言おう、カ・・・(ry

目が覚めると時計は14時半を指していた。
一瞬、状況を理解できなかった。
が、別に時計の電池が切れて止まっていた訳ではなく・・・。

昨夜帰宅したのはたぶん3時過ぎ。
片付けをして寝たのが4時過ぎ。

その上、実はその前日、金曜の夜も睡眠は約2時間半だった。寝る前になって「シンドラーのリスト」を観始め、30分くらいで意識を失うだろうという読みが外れて結局そのまま最後まで観てしまったのだ。翌日キツい山に行かないということになると、ナメて生活が荒れてくるのだな。
土曜日は1日中(つーか夜中までずっと)強烈に眠かった。雷雨に見舞われなかったら、あのまま浜で眠り込んでいただろう。

ともあれ、既に日曜日も14時半。
腹ぺこだったので飯を食い、テレビを付けると犬HK総合で野球中継。
前田の3ランを観たら、あのキャラクターグッズが無性に欲しくなった。

夕方、書庫(実家)から本が届く。
クリスティ戯曲集の文庫6冊と、貴志祐介「クリムゾンの迷宮」。
クリスティは、映画「情婦」のラストが気になったので、原作を読み返そうと思い立ってのリクエスト。
「クリムゾン」は、狂言回しである某ダック似のキャラに再会したくて。

宵の口になって「街」へ買い物に下りる。普段なら既に布団を敷きかねない時間だ。

帰宅後、4時間ほどで「クリムゾン」を読み終え、余勢を駆って「検察側」も一息に。
「クリムゾン」についてひとつ言っておくなら、この小説が映像化されるようなことがあれば、その際にはあのカモノハシとネズミは正確に再現して欲しい。武田鉄矢を呼ばなかったバトロワの二の舞は決して踏んではならない。
クリスティの原作を読み直して、やはりあの映画の演出はクソだということを確認した。凍れる熱情にアメリカ風のヌルさは要らない。

結局今夜も寝るのは丑三つ時だが、明日からはまた4日間研修。
特に最初は座学だったはず。
クーラーの効いた部屋で居眠りできるのだから、睡眠不足など恐るるに足らんわ!!

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2007年9月 1日 (土)

海辺にて

今日から本職作業班は請け負い出来高制の勤務体制に切り替わった。
ということで、ぼくら研修組もOG氏の指導下から当面離れることになったのだが、さて今後は一体どうなるのだろう?

とりあえず、今日は某「企業の森」の防獣フェンスの補修に駆り出される。
OK“デロデロ”元班長と、“生き神様”S翁と共に2台の車に分乗し現場に向かう。といっても、某「企業の森」はうちの集落のすぐ上なのだが。
OK氏は指示だけ出してそのまま別のところへ。

午前中は腐って倒れた古い鉄柱を引き抜いて新しいのを打ち込んでいるうちに終了。
午後からは付近の草刈り。
近いうちに「企業」の皆様がお越しになるので見苦しくないようにせよとのこと。
最近は組合のことが何ともアホらしく感じられるので、KR兄とともに「徹底的にイエスマンで逝こう」と話し合っている。「言われれば何でもしまっせ」という気分だ。
まして足元の良い、道の草刈りなぞ朝飯前ですわな。

ちょうど良い時間にすべて終了。
楽な一日だったし、S翁と同じ現場に入ったのは非常に久しぶりで、何となく楽しかった。

家に帰ってもろもろ片付け、巨大なサバの開きを焼いて、1杯引っ掛けながら飯を喰っていると、表で「NHKの集金でぇーす。未納分が溜まってますよ〜」と謎な声がする。
振り返るとすだれの向こうにS藤師(笑)

何のことはない、夜釣りのお誘いだった。
夜釣りならこちらから申し入れたいとちょうど思っていたところなので、ほろ酔い状態ではあるものの行くことに即決。
しばらく駄弁った後、S藤師のスクラムトラックで出発。
一度師の家に戻って道具を準備し、再び川を下って「街」の海へ。

この「街」の近くには、ちょっとした観光名所でもある浜があるのだが、今夜はそこで投げ釣りだ。

砂浜に腰を下ろしてカンテラを灯し、潮騒を聴きつつ、2人してしばしぼんやりと狼煙を上げる。
暗闇の中仕掛けを準備して、とりあえず「投げ」ておいて、再びぼんやり。
ぼくの場合、たぶん本来は「釣ること」自体はどうでもよくて、ただ海辺でぼんやりするために釣りにきているという状況だ。
釣りに「こだわり」を持つ人にとっては不届き至極な話だろうが、S藤師は「それもあり」なスタンスの人なのでこちらとしては楽。
「釣り」作業は脇において、諸々騙り合う。
S藤師は、この9月からの請け負い作業班体制で「班長」に奉り上げられているのだが、そのことに関して率直な所感を聞けた。

そんな感じで小一時間ダラダラと座り込んでいると、空に稲光。
海釣りに雷はマズいということは、素人のぼくにでも分かる。
まだそんなに近くないけど、「ん〜どうかな〜?」と様子を見ているといきなりの豪雨。
「釣り」としては魚に餌をやっただけな状態だが、夜の黒潮を満喫できたのでぼく的には充分満足、ということで引き上げることにした。

前回海の日に買った2,000円弱の安竿は、海辺に行くための飾りアイテムとして大活躍。実に良い買い物だったといえるだろう。

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2007年8月31日 (金)

果無山脈

今日ファミマで引き取った本。
宇江敏勝「山びとの記  〜木の国 果無山脈」(中公新書)。
S藤師に依れば、この人の著述は紀州の木こり必読らしいのだが、この本は新書版なので最もお手頃な一冊。
暇があれば読んでみよう(なぜか早くも積ん読意欲満々w)。

それにつけても、これは前々から思っているのだが、名付けるに事欠いて「果無山脈」とはなんとも凄まじい名前だ。
この現・田辺市域北東部と奈良県十津川村を隔てるエリアには、昔々レンタカーでふらついている時、真夜中に迷い込んで死ぬ思いをしたことがある。
確かに、全然名前負けしない地形だった。

こちらに来てからは、何度か近くまで行っているのだが、コアなエリアにはまだ踏み込んで居ない。
9月には2連休があるので、サンバーとともにいっちょ行ってやろう。

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儲けモン

先日のKR兄の労働災害の反省と善後策の検討という趣旨で、朝からNN業務課長の鬱な「お話」に付き合わされる。
命に関わることなのでもちろんおざなりには出来ないのだが、何にしても事故は机の上では起きませんから。

と、そんなこんなで朝の出発が中途半端に遅くなったし、班編成が切り替わる区切りでもあるからということで今日は製材の手伝いに回ることになった。
KR兄は材を挽くFN氏の助手、ぼくはOG氏と組んで3m材の玉切り。
しばらくやっているとチェンソーで回し切る感覚というのが少しばかりつかめたが、角度を変える時にどうも視線がブレて木口が乱れる。とにかく数をこなして、チェンソーを手に馴染ませるのが喫緊の課題であるな。

昼前になっていきなりドサ降り。昨夜遅くにいっとき大雨があった後、今朝方からはずっとカラリと晴れていたのだが、久しぶりに天気予報が当たった感じだ。
本職作業班のお歴々は今日も総掛かりで某所の下刈りに出ているのだが、この降りをモロに食らってはキツいだろうなあ。明日からの請負制切り替えを前に、今係っている仕事はどうしても今月中(つーか今日中)に仕上げねばならないから、気象条件が悪化しても放って帰ってくる訳にいかないだろうし。
と心配していたら、12時半頃、お歴々がずぶ濡れになって引き上げてきた。突貫工事で終わらせてきたらしい。
さすが。
最凶FM氏が「今日はこないになって仕上げてきたんやさか、昼上がりやけど一日分貰うで!!」と吠えていた。

本職作業班が昼上がりとなったため、ぼくらにも午前のみで上がるようにとの指示がFN氏から出た。
ドサクサ紛れにぼくらにも一日分付けてくれるらしい。この辺が大人(たいじん)FN氏の味なところ。
3時間で6,000円。凄いぞ、時給は何と2,000円だ!!
ぼくはどれほど手練な職人なんだろう(笑)
ともあれ、ウヒョ〜と帰宅。

午後はKR兄と「街」に出て、仕事道具や食材などを買い出して回った。
御用達の食材ドラッグストアでは、野菜処分市を開催中
大きめの人参(ちょっとヘタリ気味)6本100円。大柄なタマネギ4個100円、小ぶりの大根100円、威勢の良いシシトウが35円。
他に、最近の朝食の主メニューであるカロリーメイトの10個パックを1280円。
「カラッと焼き上げるだけでOK」「醤油無し、酢だけをダバダバかけてご飯もろとも防腐対策は万全」という意味で、弁当のおかずに最適な冷凍餃子も2パックキープし、万全の態勢で来週を迎える準備ができた。

何やら良い一日であった。

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2007年8月30日 (木)

untitled

Iの川除伐、9日目。
足負傷のKR兄はお休み。
午前中に再度病院に行くのと、ひとまずは1日療養するとのこと。状態はさほど悪くないらしいのでひと安心。
とりあえずOG氏と2人で現場へ行く。

昼休みにKR兄がIの川にやって来た。病院の帰りらしい。
来しなに寄った組合事務所で「偉い人」NN業務課長に何やら言われたらしい。
事故があったということで、ぼくらの組は「安全対策の反省」で明日ひとまず製材の方に入るとか、何とか。
おいおい、「反省」と来たぞ。
どうでも良いけど「はぁ?」な話だ。
まあ、あの「偉い人」のことだからそんな話を出しといて、明日になったら結局何もなかったかのように普通に山へ行くことになりそうな気もするのだが、もし本当に明日現場には出ないということになれば、OG氏とここの仕事をするのは今日が最後になり、当面は請負班と研修班で別々になる。

ファミマに本が来ている筈なので「街」に出ようかと思ったのだが、何やら疲れていてパス。
夏が終わりかけている今頃になって、疲れがドッと出て来始めているのだろうか。

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